4日目 − 1989.12.27 −
「たっかいんじゃないの?」 「昼のコースだと$30からですって」 「へえ、そんなもんなんだ。安いなあ、そんなに簡単に乗れんのか?」 「一応予約制になってますけどね。どうします。いいなら電話してみますよ」 「ああ、いいんじゃない」 「坂井たちも行きますかね?」 「行くだろ。高いとこ恐くなきゃ」 「ちと聞いてみますか。あいつらの部屋番号、何番でしたっけ?」 「その辺に書いてあったろ」 「あ、これか。内線だと、そのままでいいんだな・・・あ、坂井? ・・・」 ヘリコプターか。考えてみたら、そんなもん乗ったことないや。なんかすごいな。ふーん、この街、空から見たらどんなんだろ。いつも見上げてばっかだもんねえ。上から見たらけっこうごちゃごちゃかな。想像つかないな。あっ、でも夜はきれいかもしれない。 「・・・うん、わかった。そんじゃ、予約してみる。・・・うん。はい。じゃ」 「行くって?」 「ええ。ただ、なんか、バーニーと連絡ついたんですって。それで今日の夕方会う約束したらしくて、それに間にあえばって」 「へえ。ホントに会うんだ、あいつ」 「なに言ってんスか。皆で一緒に会いに行くんスよ」 「えっ? オレらもいくの?」 「そりゃ、そうでしょ。坂井ひとりじゃ間がもたないっスよ」 「そんなもん、何人いても間がもたんだろが」 「いやあ、数打ちゃ当たるっしょ」 「なんだそりゃ」 「とりあえずヘリコプター聞いてみますよ・・・」 ちょっと待てよ。外人の女の子と会って、いったい何の話すんだ? どう考えても話続きそうにないじゃん。どうすんだよ。こいつら、なに考えてんのかなあ。その点じゃ三人ともやけにはりきってんだよな。 あ、なんか、いらぬ期待してんじゃねえか? ・・・有り得る。どうせ、金髪の美人でも想像してんだろ。かぁ、甘いねえ。若い、若すぎるぅ。だいたいそんなに可愛い子が来るわけねえだろが。外人の若い子ったってねえ、現実には、あららって子が多いんだから。 そうそう、うちの高校に交換留学生が来た時、思い出すなあ。あん時だって、来るまではクラス中の男がそわそわしてたもんな。そんで実際きてみたら、それこそあららで・・・。うん、東北出身のアメリカ人かと思った。ふっくらしてて、ほっぺ真っ赤で、そばかすだらけで。男たちの声にならないため息といったら・・・。ま、オレもそのうちのひとりだったけど。いい子だったんだけどね、いつも女たちに囲まれてたな。その辺は女たちもねえ。あれが美人だったらどうなってたか・・・。 「小森さん? どうしました」 「え? いや、なんでもない。あ、どうなったの?」 「取れましたよ、予約。昼の一時からでOKですって」 「へえ、やるじゃん。英語だったんだろ?」 「ええまあ・・・、いきおいってやつっスかね」 「おお、やれば出来るじゃねえか。よし、それじゃとりあえず朝飯だ」 「昨日のとこっスか?」 「決まってんじゃん」 「あ、それじゃ坂井たちも誘ってみましょ。たぶん行きますよ、あいつら・・・」 ・・・ 「へえ、こんなこと合ったんスか」 「な。なかなかいいだろ。安いし、うまいし、チップなし」 「うん、雰囲気もいいっスね。しっかし、こういう安いとこ見つけるの天才的ですよね」 「それ誉めてんのか?」 「いやまあ・・・、しかし、今日は予定盛りだくさんすね。ヘリコプターに、バーニーに、マジソン・スクェア・ガーデン」 「あ、その後ブルーノートな。今日、ハービー・ハンコックなんだよ」 「おお、アート・ブレイキーの次は、ハービー・ハンコックかよ?」 「はあ、ジャズ・シリーズだね」 「いやあ、予約とってないらしくて、並ばなきゃいけないらしいんですけどね。さすがに人気高いんじゃないっすか、ブルーノートともなると」 「どうでもいいけど、すごいのばっか出てくんな」 「やっぱ、年末はちょっと違うみたいっすよ」 「ああ、そう、ヘリコプターまで時間あるようだったら、ちょっとチャイナ・タウンで昼飯なんてどうっすか?」 「チャイナ・タウン?」 「ええ。ニューヨークで食べる中華料理っていうのもおつなもんでしょ?」 ・・・ チャイナ・タウンで昼食を、か。なんか映画のタイトルみたい・・・ならんな。それじゃ、オードリー・ヘップバーンが腹かかえて、げっぷしちまうよ。 しかし、こんなとこ歩いてたら横浜だかニューヨークだかわかんなくなっちまう。中国人ってヤツはすごいんじゃねえか? どこにでも自分たちの世界を作っちまうんだから。 あ、そんなこと中国人に限った話じゃないのか。リトル・イタリーだってあるし、サンフランシスコには、リトル・トウキョーがあるらしいし。どうも好きじゃないんだよな、ああいうの。なんだか、他人の庭に勝手にテント張ってるみたいで。ほら、こっちの母屋で一緒に暮らそうよっていっても、いやうちら、自分のテントの方が気にいってますからって、そんな感じじゃない? どうなんだろ、アメリカ人そんなこと考えないかな。ああ、あいつらテントに入っててくれてよかったって方だろか。どうせ自分らだって、元はといえば、インディアンの庭に家建てちゃったんだもんなあ・・・。 しかし、ここもなんとなく恐い。ハーレム行った時とは違うけど。同じような顔してるのに、中身全然違うやつらが溢れてるからかなあ。ここだけ東洋人と西洋人の比率が逆転してんのに、どうも落ちつけない。まだ、あのコーヒーショップにいた方が気が楽だ。こっちの感覚が西洋人に近いのかな? そういう問題でもなさそうな・・・。 「さあて、なんにしましょうか。これだけあると迷っちゃいますねえ」 「ええい、適当に焼きそばでも食っていっちまおうぜ、とっとと・・・」 ・・・ 「この辺でいいの、ヘリポート?」 「あれ、国連ビルですよねえ? 地図だとあの手前の方になってんですけど・・・」 「なんか、こっちの方は道がだだっ広いねえ」 「川沿いだもんねえ。あの川、なんていうんだっけ?」 「えーと・・・、イースト・リバー」 「あの向こう側は?」 「クイーンズ」 「フレディ・マーキュリーの島か」 「なんですか、それ?」 「あれ、あの音は・・・、あ、あった、あれだ」 「ん? あー、ホントだ、ヘリコプターだ。おお、すげえ、三、四台あるじゃん。やっぱカッコいいなあ」 「意外に小さくないっすか?」 「でもすごい音だねえ。なにこの風、ヘリコプターの風か」 「さ、行ってみよ、行ってみよ・・・」 あれが受付か。なんかヘリポートの割には安っぽい建物だな。プレハブじゃない。建設現場みたい。そういえば、周りの金網もサビだらけだったもんな。大丈夫なんか、ここのヘリコプター。・・・おお、なんだこの人混みは! 「あらまあ、こんなに客がいる」 「乗れんのかな、これ?」 「予約してあるから大丈夫だと思いますけど。ちょっと聞いてきますね」 さすがに自分で言い出しただけあって、バリもあわててんな。いやいや、しかし、たいした人だわ。みんな外人じゃん。家族連れが多いみたいだけど。ああ、こりゃどっから見ても観光客だ。雰囲気違うわ。そうだよな、地元民こんなとこ来ないよな。東京の人間で、はとバス乗るやつなんてあんまりいないもんね。はあ、しかし、これ全部観光客っていうのもすごいぞ。あ、別に並んでるわけじゃないんだ。呼び出されるのを待ってんのね。 「なんか、40分くらい待つらしいっス」 「へぇー。そんで、乗れるの?」 「ええ、予約はちゃんと入ってたみたいです。あ、それでコースどうします?」 「コース?」 「ええ。いくつかあるらしいんですけど先払いなんですよ。ほら、あそこに出てるでしょ」 「ああ、ホントだ。あら、日本語付きじゃん。へえ、値段が違うのか。えーと・・・」 A.イーストリバー上空16マイル、$30 B.マンハッタン半周(ブルックリン橋〜自由の女神像〜ミッドタウン)45マイル、$50 C.マンハッタン一周70マイル、$70 D.ナイトツアー、マンハッタン一周、$150 「ありゃ、夜のコースなんかもあんのか。夜なんていいだろうな。しかし、百五十は高いか」 「ま、これだと半周が適当なんじゃないっスか? 全部回ることないだろうし。川の上だけ飛んでもねえ」 「そうだな。これ、飛行時間どれくらいかな?」 「2,30分ってとこじゃないすか。ついでに聞いてきますよ。あ、バーニーの約束何時から?」 「四時だから間に合うと思うけど」 「じゃ、あれでいいね。オレチケット買ってくるから、先に金を」 「ああ・・・」 50ドルかあ。ちと痛いけど、まあヘリコプター乗れるなら安いかな。だいたい、あんなもん乗る機会なんて、なかなかないし。日本で乗ろうとしたら、いくらぐらいかかるんだろ? そんなの聞いたことないな。そうそうヘリコプター飛んでるところも見かけないし・・・、あ、バリが戻ってきた。 「なんか、4人分買ったら安くなっちゃいましたよ。ひとり頭、45かな。はい、これお釣り」 「へえ、団体割引かな?」 「さあ、どうなんでしょ。ま、よかったじゃないっすか」 「その分、運転が雑になったりして」 「まさか・・・、うん、有るかもしんない・・・」 「や、やめてくれよ、オレ、ただでも嫌なんだから」 「あれ、中道、高いとこダメだったんか? どうりで大人しいと思った」 「いや、そんなことも・・・ちょっとだけ・・・」 「やめとくか? いまさら遅いけど」 「いいっすよ、もう、開き直ります」 「そうそう。ヘリコプターなんて、なかなか乗れるもんじゃないんだから」 「ヘリコプターの中でゲロ吐くことも、なかなか出来ないことだしねえ」 「だから、そういうこというなっつうの。ああ、なんか、吐きそうな気がしてきた・・・」 「そうなったら外に吐けよな」 「うわっ、マンハッタンに降らしちゃうんすか? きったねえー」 「いや、意外にきれいだったりしてよ。なんだろう、この七色の光は。あら、これは焼きそば?」 「たまんねえよな、道歩いてて空から焼きそば降ってきた日にゃ」 「けっこうシュールな世界かもしれない」 なんと、おバカな会話・・・ん? 女の子が不思議そうに見上げてる。色白いぃ。白っていうより透明に近いな。これ金髪だよな。こっちは灰色がかってるけど。赤いべべ着てまあ・・・『ポルター・ガイスト』に出てきた子みたい。どこの国だろ? ノルウェーとか、あっちの方かな。うん、寒そうな顔付きだよな。そういえば、周りにあんまり日本人見かけないし。ん、日本人珍しい? か、かわいぃ。笑いかけたら、はにかんだりしちゃってまあ・・・。うわあ、行く末が楽しみだこと。そうだねえ、あと15年くらいしたら会ってみたいやねえ・・・。 「なあに、子供にまでちょっかい出してんスか。しょうがねえなあ、このヒトは。ロリコンの気もあったんスね」 「あ、あのねぇ・・・」 ふう。さすがに待ち疲れしてきたな。さっきからあっちこっちで飛び交ってる会話聞いてたら、頭痛くなってきちゃったし。いったい何ヶ国いるんだ、この中。フランス語とかドイツ語とかはなんとなく雰囲気でわかるけど、あ、さっき韓国もいたな。韓国だよな、あれ。中国じゃないと思うけど・・・。 だいたい仕組みはわかってきた。十組単位くらいに呼び出されて、それから人数調整しながら乗っていくみたいだ。あれだと四人乗りか。オレらは相乗りしなくて済みそうだな。あんなの、どこの国かわかんないヒトと相乗りさせられたら、かなわんよなあ。緊張しちゃうんじゃない。スキー場のゴンドラでさえ気まずいっていうのに。でもどうかな。意外に盛り上がちゃったりして。お互い別の国だから好奇心もあるだろうし。うーん、そうなったらいいけどなあ・・・。 「あ、いま呼ばれたのバリちゃんじゃない?」 「え、バリなんて呼ばれた?」 「そうでしょ、今の」 「ん? あっ、『バリ』で予約してるわけじゃないのね、おまえ」 「当たりまえでしょうが。あ、まだオレの名前覚えてませんね」 「ま、いいから、行こ、行こ。さあて、いよいよだぞう」 「ああ、なんかやだなあ」 「いまさら遅いってば、中道。ほら、すぐ順番まわってくるよ」 「いや、心の準備が、あの・・・」 「え? あ、はいはい。ここ四人。へえ、よかったなあ、オレたち四人だから一番初めだって」 「ええっー」 おうわぁ、すごい風だあ。あれか、乗るやつは。わあ、本物だあ・・・こっから乗るの? ここ足掛けてっと・・・はあ、入り口狭い。よっ。お、中もそんなに広くないな。ほんとにゴンドラみたいじゃない。席向かい合ってんのか。
「おお、顔がわかる。女神ってわりには、男っぽいな」 「あんまり美人じゃないっすね」
・・・ 「あっというまに終わっちゃった。もう一回並んでみたいな」 「遊園地じゃないんスから」 「いやあ、でも、おもしろかったっスよねえ」 「なかなかねえ。貴重な体験だったかもしんない。中道、大丈夫かよ、おまえ?」 「え、ええ、なんとか・・・」 「さあて、それじゃ、次はバーニーか」 「あらあ、いよいよ。待ち合わせ場所は?」 「うん、サード・アベニューにあるコーヒー・ショップだって。ま、まだ時間もあるし、歩いて行っても間に合うでしょ」 「なんか、興奮するな」 さあて、どうなることやら。ああ、気が進まない・・・。 ・・・ 「あ、ここだ。なんだ、意外にあっさり見つかっちゃった」 「へえ、おしゃれじゃない。通りから中が見えるようになってんだ。これならわかりやすいか」 「でも、会ったことないんだろ?」 「向こうから見たら探し易いでしょ。日本人の男四人組なんて」 「目立つかな」 「あんまりいないだろうね」 「ずいぶん時間残っちゃったな。まだ30分以上あるわ。どうします、中入って待ちますか?」 「ああ、そうしよ。さすがに疲れたよ」 全面ガラス張りの店内か。雰囲気も静かだし、銀座のパーラーみたい。こんなとこ待ち合わせ場所に指定してくる女の子って、どんな子だろ? 意外と大人なのかなあ。 「ねえ、バーニーっていくつくらいなの?」 「さあ、よく知らないんですけど、オレと同じくらいじゃないっすかね」 「おまえと同じじゃ、22、3か」 「じゅうぶん、お、と、な」 「ああ、楽しみ・・・」 あっ、こいつらのこの目。やっぱそういう期待してるよ。あーあ、落胆する表情が目に浮かぶような。だめだこりゃ、ちゃんと釘刺しておかないと。 「おまえらねえ、あんまり可愛いコ、期待するんじゃないよ。だいたいそんなの来るわけないんだから。やだよ、急に押し黙っちゃったりなんかしたら」 「やだなぁ、わかってますよ。ねえ?」 「う、うん」 「そうだよな。そんなに可愛いコ、来るわけないよなあ」 「そうだねえ・・・」 ありゃ、すでにがっかりした顔付きしてる。これだもんなあ。 「あのね、それでも、わざわざ時間割いて会ってくれるんだから。感謝しなきゃ、感謝。ま、英会話の練習だと思ってさ」 「わかりましたって」 「そうですね、練習ですよねえ」 「そうかあ、練習かあ・・・」 ん? なんの練習だと思ってんだ、いったい。なんか違うニュアンスになってるような・・・ま、いっか。確かにそういう練習にもなるかもしれない。 「あ、煙草もいまのうちに吸っといた方がいいっスよねえ?」 「そうだな。あんまり喜ぶヒトいないだろうから」 「そうかあ。よし、吸い貯めしとこう」 ふぅー。あら、またなんかヒトの視線を感じる。あ、ホントに見てるな。やっぱ煙草のせいか。さっきまでそうでもなかったもんな。煙上がってるとこ少ないもんね。しかもここなんて、四人で一斉に吸ってるもんだから。いやでも目立つわな。ああ、煙草やめようかしら。この街にいたら、しょっちゅうプレッシャー感じちまう。そうだねえ、煙草の煙って漂うんだもんねえ。やめられんのかな。東京じゃ考えもしなかったな、こんなこと。 「おい、そろそろだろ?」 「そうだな、まだかなあ」 「あれは? あ、カップルか。違うわ」 「でも、一人で来るとも限んないんじゃない?」 「あ、言えてる。そうだよ、誰か連れて来るんじゃねえか、ふつう」 「ですよねえ。一人で来るなんてけっこう勇気いりますよ」 「相手、男四人だもんねえ。それも外国人」 「そうか、ボディガード役連れてくるか」 「そうだよ、きっと」 「あ、あれ違う? 一人だけど」 「えっ、うそ、可愛いよ、あれ。ジェニファー・ビールズみたいじゃん」 「誰ですか、それ。あ、違うみたい。向こう行っちゃった」 「そりゃそうだろ。やっぱりねえ」 「あ、そんじゃあれか。女の子二人だけど」 「こっち来るね」 「ああ、あれかもしれない・・・」 そうだよ、あんなもんだろ。まあ、とっても健康そうな・・・健康過ぎるなあ。後ろの子は細身だけど。なんか、アメリカの『いくよくるよ』みたい。ああ、近付いてきた。ほうらな、やっぱり。どっちがバーニーなんだ? どっちでもいいけど・・・。 「あら、通り過ぎちゃった」 「なあんだ、違ったのか。ああ、良かったあ。完全、あれだと思ったよ」 「ちょっと勘弁だったよなあ」 「またあ、やっぱり、そんなこと考えてる」 「いやあ、でもですねえ・・・あ、あのヒトは?」 「違うって、あんなの」 「きれいなヒトだなあ。モデルみたい」 「どれどれ? へえ、ホントだあ」 真っ白い肌に、プラチナ・ブロンドのショートヘア、青い眼、赤いワンピース・・・なんだ? もしかして、さっきのヘリポートにいた女の子の二十年後の姿なんじゃねえか・・・え? ええっ! " Execuse me , Are you a SAKAI ? " 「あ、イ、イエス」 " Hi , I'm a Bunny Fly , Nice to meet you . " 「・・・」 「・・・」 「・・・」 「・・・」 " ? " 「・・・あ、ナイスツッミィツユゥ、シ、シッダンプリ、シッダンプリ」 「プリーズ、プリーズ、シッダン、シッダン」 " Oh , Thank you . Sorry to late. You'are waitting so long ? " 「・・・」 「・・・」 " ? What's happen ? Don't you understand ? " 「ノ、ノウノウ。(ん? これじゃわかんないことになっちまわねえか) い、いや、イヤ(なに言ってんだかわかんねえ)。あん…、(どうしよ、どうしよ。なんか続けなきゃ・・・)う、ウィア、サプラアイズ、コォズ、ユゥソォ、ビューテフォ」 はぁ? あなたが美しすぎて皆驚いてますだあ? なに言ってんだオレは。あ、はっずかしいぃ。よくそんなこと言えたな、おまえ。 " Oh , Really ? " ああ、そんな目で見られても・・・、 「イヤ、オフコース・・・なあ?」 「え? あ、イエス、イエス」 「イエース」 " Thank you . " また、その微笑み完璧じゃないっすか。まいったなあ、こりゃ。ああ、美人過ぎる。え? あ、バカおまえ、オレ見んなよ。オレだって、こんな美人としゃべるなんて、それこそ用意してないよ。どうすりゃいいんだ、いったい。ああ、オーダー頼む英語が、また流暢な・・・当たり前か。ちゃんとオレたち向きには、ゆっくりしゃべってくれてんだな。 " So , What's your name , please . " 「あ、マイネェム、イズ、ユキオ、コモーリ・・・」 「マイネイム・・・」 ひとりひとり、ちゃんと目を見て微笑みかけて、名前復唱してから、改めて " Nice to meet you . " だって。このヒト、性格もすっごくいいんじゃないか? なんか育ちもよさそうな感じするし。美人なのに全然嫌みじゃない。信じられないよ、こんなの。 ・・・ 「行っちゃいましたねえ・・・」 「そうだねえ・・・」 「ハァ・・・」 「ふうっ・・・」 「それにしても、よくしゃべってましたねえ」 「え? あ、オレ?」 「そうっスよ。あんなに話すと思わなかった」 「そうかあ・・・。なんか、なにしゃべってたのか、全然覚えてないんだけど」 「そうなんスか? それにしちゃ、一番しゃべってましたよ」 「舞い上がっちゃってたのかなあ。あ、わりい、オレばっかし。おまえの知り合いだっていうのに」 「いや、いいんスよ。逆に助かりましたから」 「そう? ならいいけど。はぁ、それにしても・・・」 「完全にまいっちゃいましたね」 「いや・・・まあ・・・ね」 「ま、わかりますよ、あれじゃあ」 「なあ。いるもんだねえ・・・」 「いるもんだよなあ・・・はぁ・・・」 「ま、ちゃんと写真もとったし、住所も聞いたし。よかったじゃないですか」 「そうだな。あ、おまえ、他の写真どうでもいいから、その写真だけは失敗すんじゃねえぞ」 「あらまあ、写真嫌いなんじゃなかったでしたっけ?」
・・・ 次はマジソンスクェア・ガーデンか。はあ、なんか後なんでもいいやもう。バーニーの顔が頭から離れない。いいコだったなあ。歳、21とかいってたっけ。四つ下か。そんなに変じゃないよなあ・・・。な、なに考えてんだ、オレは。バカじゃねえか。二度と会うわけないだろうが、あんなコ。そりゃ、確かに住所は交換しあったけど。ニュージャージーに住んでんだよ。月に住んでんのと変わんないじゃないか。飛行機で14時間もかかるとこなんて・・・14時間かあ・・・土曜に出かけて、日曜に帰ってこれるかな。はぁ・・・。 「はい、チケット」 「・・・あ、ああ」 「どうしちゃったんスか?」 「いや、なんでもない。いくらだった、これ?」 「18ドルです」 「なんの試合だっけ?」 「バスケットですよ。カレッジ対抗戦。ほら、あそこに書いてあるじゃないっスか。ん? 大丈夫っスか? 聞いてます?」 「・・・あ、ああ」 「全然こころここにあらずっスね」 「さあ、行きましょ、行きましょ。ほら、もう試合始まってますよ」 「・・・ああ」
「3ポイントだね、いまのは。しかし、どっちがどっちなんだかわかんないから、応援の仕様がないよな」 「こりゃ、純粋にバスケット楽しむしかないだろ。ま、マジソンの雰囲気を楽しむんだね」 「あれ、どうしました? ずっと黙り込んじゃって、珍しいじゃないっスか」 「あ、ああ・・・」 「やっぱ、バーニー病だね、こりゃ。それもそうとう重症の」 「ばっか、そんなんじゃねえよ。ただ、ちょっとね・・・うん」 「あらら、坂井ぃ、責任とらなきゃ」 「なんでオレが。いや、そりゃ、頑張ってください」 「なにを、どう頑張んだっつうの」 「あ、ハーフタイムだよ。チアガールが出てきた。おお、こりゃいい」 「うわあ、すごいねえ」
「いや、そんなんじゃなくて・・・」 だって、あんなに一杯バーニーがいたら。ああ、危ないってば・・・。 ・・・ 「あイタッ、もうこんなに列が出来てる」 「すごいな。五、六十人はいるんじゃねえか?」 「あー、わざわざバスケット途中で抜け出して、早めに来たっていうのに」 「いや、早めでよかったよ、やっぱ。あれ最後まで見てたら入れなかったでしょ、これじゃ」 「こっちのライブ・ハウスでも、こういうことあるんだねえ」 「さすが、ハービー・ハンコック」 「いや、ブルーノートだからじゃない? ほら、ここ有名だから、たいして音楽聴かない人間でも来ちゃうでしょ」 「うーん、両方あるような気がする」 「ねえ、ハービー・ハンコックって、そんなにすごいの?」 「え? そりゃ、すごいでしょ。やっぱ、ジャズ・シーンじゃ」 「ふーん。オレ、あんまりよく知らないんだよねえ、そっちの方は」 「いや、オレもよく知らないですけどね」 「なんだ、やっぱそうなんじゃん。連日渋いとこ予約してくるから、こんなのばっか聴いてるのかと思った」 「いやまあ、名前くらいはね・・・」 「ハービー・ハンコックなんて、オレ、あれしか知んないよ。あのレコード盤きゅきゅ回すやつ」 「なんですかそれ?」 「ほら、あのディスコでDJがやるよな音使った曲」 「はいはい、知ってます。あの曲、一応流行りましたもんね」 「うん。オレはあんまり好きな曲じゃなかったけど。でも、あんなことばっかやるヒトなんだと思ってたんだけど」 「いやあ、本来はモダン・ジャズのピアニストらしいっすよ」 「そうなんだ」 モダン・ジャズねえ。どんなんだろ。もしかして、思い切り頭痛くなっちゃうようなやつじゃないだろうな。どうも苦手なんだよなあ、ああいうのって。あの、何やってんだかわかんないような音楽。結構、批評家受けはするんだよんねえ。まあ、わかりづらいものわかったようなこと言ってた方が、すごそうに見えるもんね。でも、並んでるヒトたちは、なんだか喜々としてるなあ。これだけ並んでんだから、多少はポピュラーなんかしら。 ん? なんだ、このお兄ちゃん。急に振り返って。 " Hey , Are you japaese ? " 「イヤ」 " Oh , I'd been livn'in Japan before . " 「オ、リアリ?」 " Yeah , two years ago , A- MO-KARI-MATUKA ? " 「モウカリマツカ?」 " Yeah , yeah , BOTIBOTIDENNA . " こいつ・・・関西にいたんかいな。 「ホェア、ドゥユリブイン?」 " Ah , YOKOHAMA . Do you know there ? " 「イヤ、アイノウ、アイノウ」 横浜ってことは海軍か? やけに陽気そうな白人だけど。ニューヨークでこのタイプは珍しいよな。とりあえず誉めといてやろ。 「あー、グッドグッド、ユアジャパニィズ」 " HA HA HA ! Yeah , I Know , SATUPORO ITIBAN MUSO RANMEN ! HA HA HA - " 「ハハ・・・」 うう、ただのバカだ・・・。 へえ、これがブルーノートかあ。中はたいしたことないような・・・あれがステージだろ。背景が青っぽいカーテンに仕切られてて、“Blue note”の青い文字、真ん中にオタマジャクシ。金色の安っぽいモールがアーチ型に飾られてる。だせえなあ、中学校のお楽しみ会じゃないんだからさ。ああ、ホントだ。日本人の観光客らしいの多いわ。どっからどうみても、ジャズなんて聴きそうにないような連中だな。なんだかねえ。ブルーノートだったら何でもいいんだろうな。 「まったく。やだなあ、観光客は」 「オレらも観光なんスけどね」 「そ、それもそうなんですけどね」 「トイレどこっスかね?」 「トイレ?」 「いや、あんな寒いとこに長いこといたもんスから。ちょっと探してきます」 「ハハ、しょうがねえなあ・・・あ、待て、オレもいくから」 「なんだ、やっぱ我慢してたんスか?」 「バカ、おまえがいうから思い出しちゃったんだよ」 「なんか、この辺にはなさそうですけど」 「あの階段の上じゃねえか?」 「あ、あった。ホントだ」 「ほうらね。なんかトイレの匂いがしたんだよ」 「どんな匂いなんスか、それは」 「臭いんだろうね、やっぱり・・・」 なんだかこのトイレもあんまりたいしたことないなあ。場末の名画座にいるような感じだよ。けっこう古いんだろうな、この建物。 「はあ、やっとすっきりした。あれ、あんなとこに売店がありますよ」 「え? ポップコーンでも売ってんの」 「そんなわけないでしょうが。ブルーノートっすよ、ここは。ああ、ノベルティーグッズっすね、ブルーノートの」 「へえ、こんなもんあんのか。Tシャツに、レコードに、サイン入りブロマイド? はあ、やってることは原宿と変わんないね」 「内容はだいぶ違いますけどね。なんか買っていこうかな・・・」 まあ、こういうとこのお土産っていうのもいいかもしんないけど。あ、このへんおもしろい。アクセサリーかな。このト音記号は? あ、ピアスか。誰がするんだこんな大きいの。耳の穴広がっちゃわねえか。トロンボーンのネックレス、トランペットのタイピン。鍵盤のマフラー? いいなあ、これ。しかし、こんなの首に巻いて街歩けるかな。うーん、素面じゃちと厳しい。あ、このステッカー、絵はがきにもなるんだ。この辺が手頃かな。 「あ、あの、あれ・・・ハービー・ハンコックじゃないっスか?」 「うん? あ、ホントだ。あれま・・・」 あのチョビ髭、眼鏡の黒人は、確かに写真で見たことある。あっけなく目の前に座ってんだもんなあ。なにあそこ、事務所かなんかか? やけにリラックスしてっけど。 「あ、あれ、サインとか貰えますかねえ?」 「さあ? でも、なんか大丈夫そうな雰囲気だね」 「あ、あ、オレ貰ってこよ」 「貰うったっておまえ、なんか持ってんの?」 「な、ないス。なんにも」 「おでこにでもしてもらうか?」 「バカいってないで、早く席戻りましょ。なんかあるはずですから。ああ、早く・・・」 「お、ちょ、ちょっと・・・」 まったく、ミーハーなんだから。あーあ、今度は三人してダッシュしていっちゃったよ。どうすんだ、そんなもん貰って。 そりゃまあオレだって、高校の修学旅行で、夏目雅子が同じ新幹線に乗ってた時には、ダッシュしてハンカチにサイン貰ったけどさあ。握手までしてもらったんだよな。きれいなヒトだったなあ。手なんてすごく細くて。他のお客さんの迷惑になりますからねって注意されたんだよな。いいヒトなんだろうなって感じた。死んじゃったんだよなあ。なんであんなヒトが・・・。 「貰えました、貰えましたよ!」 「そうか、よかったねえ」 「いやあ、握手までしてもらっちゃった。こういうところがいいですよねえ。あれ? どうしたんすか。涙ぐんじゃって」 「いや、なんでもない。ちょっと、昔のことを思い出しちゃってね・・・」 「な、なんか、たそがれちゃってますね」 「ねえ、あそこにいる女の子たち、空港で見かけた子たちじゃないっスか?」 「え? あー、コリーとスピッツ!」 「は?」 「いや、こっちの話。へえー、こんなところで会うなんて」 「やっぱ、覚えてましたね」 「うん、まあ・・・ん? おめえだって覚えてんじゃねえか」 「いやあ、一応・・・」 「でも、あの子たち男連れみたいっスよ」 「え? あ、ホントだ。うそ、なんで?」 「なんでといわれても・・・」 「空港いた時はいなかったよな、あんなの」 「ええ、確か・・・」 「はあ、そんじゃあれっすね。ナンパされたか・・・」 「いや、あの手は同じツアーと見たね。すぐ仲良くなっちゃいますからねえ、ああいうのは」 「そ、そういうもんなの?」 「そういうもんっス」 「ああ、世の中そんなことになってるのか。知らなかった。ツアーなんてバカの集まりだと思ってたのに・・・。どーして、あの子たちと同じツアーにしなかったの?」 「そ、そんなこといわれても・・・、あ、ほら、始まりますよ」
「なかなかだったねえ」 「うん・・・」 「そ、そう?」 「え、いまいちでした?」 「いやあ、ていうか。ちょっと寝ちゃったかな」 「えー、寝ちゃったんですか?」 「うーん、どうもあの手の音楽は・・・いや、寝やすかったけど」 「はあ、だめっスね」 「いやまあ、こればっかりは好みですもんねえ。オレもちょっと辛かったんスよね」 「あ、わかってもらえる?」 「それにしても、もったいない。これライブ代だけで、$50ですよ」 「高いよなあ」 「でも、ブルーノートでハービーハンコックだからね。こんなもんなんじゃない?」 「さ、そろそろ行きますか」 $50かあ。アート・ブレイキーの方に上げたいな、オレとしては・・・。 「あの、すいません」 ん? このイントネーションは関西。あら、女の子。え、オレ? 「はい。あの、ちょっと、シャッターお願いしてもいいですかぁ?」 「あ、はい」 なあんだ、なにかと思ったら。へえ、二人組か。両方ともなかなか・・・、
だめだ。あれ以上会話進められない。だってなに言ったってわざとらしいんだもんな。言う前に自分で嫌になっちまう。やっぱ向かないな、こういうの。バーニーと話してた方がよっぽど楽に話してられたような気がする。はあ、バーニーかあ・・・。 ・・・ 「小森さん、なんかメッセージ届いてますよ。ほら、これ。ツゥ、コモリって」 「え? ・・・あ、藤田さんからだ。連絡してくれてたんだ」 「なんですって?」 「うん・・・、明日、電話してくれって。こっち戻ってきたみたいだな」 「よかったっスねえ、やっとこれで本来の目的が」 「ああ、すっかり忘れてたけどな・・・」 |