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4日目 − 1989.12.27 −



「小森さん、ヘリコプターなんてどうです?」
「へ? なにそれ」
「ほら、ここに載ってんですけど」
「なんだおまえ、また『地球の歩き方』読んでんのか。いいかげん、もう観光コースは卒業しないと・・・」
「いや、そうは言っても馬鹿にしたもんじゃないっすよ。昨日行った辺りの店もちゃんと出てたし」
「あったの? へえ、あのジーンズ売ってたとこ、なんて出てた?」
「いや、さすがにあそこは出てなかったすけどね。でも、ほら、その後で入ったデパート、メーシーズなんてちゃんとありましたよ。ライブハウスなんかも出てるし」
「ふーん。まあ、情報源としてはいいかな。そんで、ヘリコプターって?」
「あ、そうそう。これなんすけどね。ほら、空からのニューヨーク観光。ね、おもしろそうでしょ」
「たっかいんじゃないの?」
「昼のコースだと$30からですって」
「へえ、そんなもんなんだ。安いなあ、そんなに簡単に乗れんのか?」
「一応予約制になってますけどね。どうします。いいなら電話してみますよ」
「ああ、いいんじゃない」
「坂井たちも行きますかね?」
「行くだろ。高いとこ恐くなきゃ」
「ちと聞いてみますか。あいつらの部屋番号、何番でしたっけ?」
「その辺に書いてあったろ」
「あ、これか。内線だと、そのままでいいんだな・・・あ、坂井? ・・・」

 ヘリコプターか。考えてみたら、そんなもん乗ったことないや。なんかすごいな。ふーん、この街、空から見たらどんなんだろ。いつも見上げてばっかだもんねえ。上から見たらけっこうごちゃごちゃかな。想像つかないな。あっ、でも夜はきれいかもしれない。

「・・・うん、わかった。そんじゃ、予約してみる。・・・うん。はい。じゃ」
「行くって?」
「ええ。ただ、なんか、バーニーと連絡ついたんですって。それで今日の夕方会う約束したらしくて、それに間にあえばって」
「へえ。ホントに会うんだ、あいつ」
「なに言ってんスか。皆で一緒に会いに行くんスよ」
「えっ? オレらもいくの?」
「そりゃ、そうでしょ。坂井ひとりじゃ間がもたないっスよ」
「そんなもん、何人いても間がもたんだろが」
「いやあ、数打ちゃ当たるっしょ」
「なんだそりゃ」
「とりあえずヘリコプター聞いてみますよ・・・」

 ちょっと待てよ。外人の女の子と会って、いったい何の話すんだ? どう考えても話続きそうにないじゃん。どうすんだよ。こいつら、なに考えてんのかなあ。その点じゃ三人ともやけにはりきってんだよな。

 あ、なんか、いらぬ期待してんじゃねえか? ・・・有り得る。どうせ、金髪の美人でも想像してんだろ。かぁ、甘いねえ。若い、若すぎるぅ。だいたいそんなに可愛い子が来るわけねえだろが。外人の若い子ったってねえ、現実には、あららって子が多いんだから。

 そうそう、うちの高校に交換留学生が来た時、思い出すなあ。あん時だって、来るまではクラス中の男がそわそわしてたもんな。そんで実際きてみたら、それこそあららで・・・。うん、東北出身のアメリカ人かと思った。ふっくらしてて、ほっぺ真っ赤で、そばかすだらけで。男たちの声にならないため息といったら・・・。ま、オレもそのうちのひとりだったけど。いい子だったんだけどね、いつも女たちに囲まれてたな。その辺は女たちもねえ。あれが美人だったらどうなってたか・・・。

「小森さん? どうしました」
「え? いや、なんでもない。あ、どうなったの?」
「取れましたよ、予約。昼の一時からでOKですって」
「へえ、やるじゃん。英語だったんだろ?」
「ええまあ・・・、いきおいってやつっスかね」
「おお、やれば出来るじゃねえか。よし、それじゃとりあえず朝飯だ」
「昨日のとこっスか?」
「決まってんじゃん」
「あ、それじゃ坂井たちも誘ってみましょ。たぶん行きますよ、あいつら・・・」

 ・・・

「へえ、こんなこと合ったんスか」
「な。なかなかいいだろ。安いし、うまいし、チップなし」
「うん、雰囲気もいいっスね。しっかし、こういう安いとこ見つけるの天才的ですよね」
「それ誉めてんのか?」
「いやまあ・・・、しかし、今日は予定盛りだくさんすね。ヘリコプターに、バーニーに、マジソン・スクェア・ガーデン」
「あ、その後ブルーノートな。今日、ハービー・ハンコックなんだよ」
「おお、アート・ブレイキーの次は、ハービー・ハンコックかよ?」
「はあ、ジャズ・シリーズだね」
「いやあ、予約とってないらしくて、並ばなきゃいけないらしいんですけどね。さすがに人気高いんじゃないっすか、ブルーノートともなると」
「どうでもいいけど、すごいのばっか出てくんな」
「やっぱ、年末はちょっと違うみたいっすよ」
「ああ、そう、ヘリコプターまで時間あるようだったら、ちょっとチャイナ・タウンで昼飯なんてどうっすか?」
「チャイナ・タウン?」
「ええ。ニューヨークで食べる中華料理っていうのもおつなもんでしょ?」

 ・・・

 チャイナ・タウンで昼食を、か。なんか映画のタイトルみたい・・・ならんな。それじゃ、オードリー・ヘップバーンが腹かかえて、げっぷしちまうよ。

 しかし、こんなとこ歩いてたら横浜だかニューヨークだかわかんなくなっちまう。中国人ってヤツはすごいんじゃねえか? どこにでも自分たちの世界を作っちまうんだから。

 あ、そんなこと中国人に限った話じゃないのか。リトル・イタリーだってあるし、サンフランシスコには、リトル・トウキョーがあるらしいし。どうも好きじゃないんだよな、ああいうの。なんだか、他人の庭に勝手にテント張ってるみたいで。ほら、こっちの母屋で一緒に暮らそうよっていっても、いやうちら、自分のテントの方が気にいってますからって、そんな感じじゃない? どうなんだろ、アメリカ人そんなこと考えないかな。ああ、あいつらテントに入っててくれてよかったって方だろか。どうせ自分らだって、元はといえば、インディアンの庭に家建てちゃったんだもんなあ・・・。

 しかし、ここもなんとなく恐い。ハーレム行った時とは違うけど。同じような顔してるのに、中身全然違うやつらが溢れてるからかなあ。ここだけ東洋人と西洋人の比率が逆転してんのに、どうも落ちつけない。まだ、あのコーヒーショップにいた方が気が楽だ。こっちの感覚が西洋人に近いのかな? そういう問題でもなさそうな・・・。

「さあて、なんにしましょうか。これだけあると迷っちゃいますねえ」
「ええい、適当に焼きそばでも食っていっちまおうぜ、とっとと・・・」

 ・・・

「この辺でいいの、ヘリポート?」
「あれ、国連ビルですよねえ? 地図だとあの手前の方になってんですけど・・・」
「なんか、こっちの方は道がだだっ広いねえ」
「川沿いだもんねえ。あの川、なんていうんだっけ?」
「えーと・・・、イースト・リバー」
「あの向こう側は?」
「クイーンズ」
「フレディ・マーキュリーの島か」
「なんですか、それ?」
「あれ、あの音は・・・、あ、あった、あれだ」
「ん? あー、ホントだ、ヘリコプターだ。おお、すげえ、三、四台あるじゃん。やっぱカッコいいなあ」
「意外に小さくないっすか?」
「でもすごい音だねえ。なにこの風、ヘリコプターの風か」
「さ、行ってみよ、行ってみよ・・・」

 あれが受付か。なんかヘリポートの割には安っぽい建物だな。プレハブじゃない。建設現場みたい。そういえば、周りの金網もサビだらけだったもんな。大丈夫なんか、ここのヘリコプター。・・・おお、なんだこの人混みは!

「あらまあ、こんなに客がいる」
「乗れんのかな、これ?」
「予約してあるから大丈夫だと思いますけど。ちょっと聞いてきますね」

 さすがに自分で言い出しただけあって、バリもあわててんな。いやいや、しかし、たいした人だわ。みんな外人じゃん。家族連れが多いみたいだけど。ああ、こりゃどっから見ても観光客だ。雰囲気違うわ。そうだよな、地元民こんなとこ来ないよな。東京の人間で、はとバス乗るやつなんてあんまりいないもんね。はあ、しかし、これ全部観光客っていうのもすごいぞ。あ、別に並んでるわけじゃないんだ。呼び出されるのを待ってんのね。

「なんか、40分くらい待つらしいっス」
「へぇー。そんで、乗れるの?」
「ええ、予約はちゃんと入ってたみたいです。あ、それでコースどうします?」
「コース?」
「ええ。いくつかあるらしいんですけど先払いなんですよ。ほら、あそこに出てるでしょ」
「ああ、ホントだ。あら、日本語付きじゃん。へえ、値段が違うのか。えーと・・・」

 A.イーストリバー上空16マイル、$30
 B.マンハッタン半周(ブルックリン橋〜自由の女神像〜ミッドタウン)45マイル、$50
 C.マンハッタン一周70マイル、$70
 D.ナイトツアー、マンハッタン一周、$150

「ありゃ、夜のコースなんかもあんのか。夜なんていいだろうな。しかし、百五十は高いか」
「ま、これだと半周が適当なんじゃないっスか? 全部回ることないだろうし。川の上だけ飛んでもねえ」
「そうだな。これ、飛行時間どれくらいかな?」
「2,30分ってとこじゃないすか。ついでに聞いてきますよ。あ、バーニーの約束何時から?」
「四時だから間に合うと思うけど」
「じゃ、あれでいいね。オレチケット買ってくるから、先に金を」
「ああ・・・」

 50ドルかあ。ちと痛いけど、まあヘリコプター乗れるなら安いかな。だいたい、あんなもん乗る機会なんて、なかなかないし。日本で乗ろうとしたら、いくらぐらいかかるんだろ? そんなの聞いたことないな。そうそうヘリコプター飛んでるところも見かけないし・・・、あ、バリが戻ってきた。

「なんか、4人分買ったら安くなっちゃいましたよ。ひとり頭、45かな。はい、これお釣り」
「へえ、団体割引かな?」
「さあ、どうなんでしょ。ま、よかったじゃないっすか」
「その分、運転が雑になったりして」
「まさか・・・、うん、有るかもしんない・・・」
「や、やめてくれよ、オレ、ただでも嫌なんだから」
「あれ、中道、高いとこダメだったんか? どうりで大人しいと思った」
「いや、そんなことも・・・ちょっとだけ・・・」
「やめとくか? いまさら遅いけど」
「いいっすよ、もう、開き直ります」
「そうそう。ヘリコプターなんて、なかなか乗れるもんじゃないんだから」
「ヘリコプターの中でゲロ吐くことも、なかなか出来ないことだしねえ」
「だから、そういうこというなっつうの。ああ、なんか、吐きそうな気がしてきた・・・」
「そうなったら外に吐けよな」
「うわっ、マンハッタンに降らしちゃうんすか? きったねえー」
「いや、意外にきれいだったりしてよ。なんだろう、この七色の光は。あら、これは焼きそば?」
「たまんねえよな、道歩いてて空から焼きそば降ってきた日にゃ」
「けっこうシュールな世界かもしれない」

 なんと、おバカな会話・・・ん? 女の子が不思議そうに見上げてる。色白いぃ。白っていうより透明に近いな。これ金髪だよな。こっちは灰色がかってるけど。赤いべべ着てまあ・・・『ポルター・ガイスト』に出てきた子みたい。どこの国だろ? ノルウェーとか、あっちの方かな。うん、寒そうな顔付きだよな。そういえば、周りにあんまり日本人見かけないし。ん、日本人珍しい? か、かわいぃ。笑いかけたら、はにかんだりしちゃってまあ・・・。うわあ、行く末が楽しみだこと。そうだねえ、あと15年くらいしたら会ってみたいやねえ・・・。

「なあに、子供にまでちょっかい出してんスか。しょうがねえなあ、このヒトは。ロリコンの気もあったんスね」
「あ、あのねぇ・・・」

 ふう。さすがに待ち疲れしてきたな。さっきからあっちこっちで飛び交ってる会話聞いてたら、頭痛くなってきちゃったし。いったい何ヶ国いるんだ、この中。フランス語とかドイツ語とかはなんとなく雰囲気でわかるけど、あ、さっき韓国もいたな。韓国だよな、あれ。中国じゃないと思うけど・・・。

 だいたい仕組みはわかってきた。十組単位くらいに呼び出されて、それから人数調整しながら乗っていくみたいだ。あれだと四人乗りか。オレらは相乗りしなくて済みそうだな。あんなの、どこの国かわかんないヒトと相乗りさせられたら、かなわんよなあ。緊張しちゃうんじゃない。スキー場のゴンドラでさえ気まずいっていうのに。でもどうかな。意外に盛り上がちゃったりして。お互い別の国だから好奇心もあるだろうし。うーん、そうなったらいいけどなあ・・・。

「あ、いま呼ばれたのバリちゃんじゃない?」
「え、バリなんて呼ばれた?」
「そうでしょ、今の」
「ん? あっ、『バリ』で予約してるわけじゃないのね、おまえ」
「当たりまえでしょうが。あ、まだオレの名前覚えてませんね」
「ま、いいから、行こ、行こ。さあて、いよいよだぞう」
「ああ、なんかやだなあ」
「いまさら遅いってば、中道。ほら、すぐ順番まわってくるよ」
「いや、心の準備が、あの・・・」
「え? あ、はいはい。ここ四人。へえ、よかったなあ、オレたち四人だから一番初めだって」
「ええっー」

 おうわぁ、すごい風だあ。あれか、乗るやつは。わあ、本物だあ・・・こっから乗るの? ここ足掛けてっと・・・はあ、入り口狭い。よっ。お、中もそんなに広くないな。ほんとにゴンドラみたいじゃない。席向かい合ってんのか。

「オレ、こっち乗っちゃっていい?」
「あ、いいっス、いいっス。そっちいってください。オレ後ろ向きの方がいい」
「途中で代わってやっからさ」
「お、オレはいいっスよ」

" You , Ready ? "

「オゥ、OK,OK。おお、飛び上がるぞ」
「よっしゃー、行け、行けぇ」
「ひゃぁー」
「上がったあー」





 景色がだんだん下にさがって行って・・・なんだろ、この感じ。なんかに似てるな。ゆっくり、ゆっくり上って行く。なんだ? あ、観覧車だ。そうだ、観覧車に乗ってる気分だよ。こんな感じだったよな。懐かしいな、あんなもの忘れてた。あれ乗るの好きだったのに。ああ、マンハッタンのビル群だ。あのとんがりはエンパイヤ。あれだけはどこでもすぐにわかるな。だんだん小さくなってく。模型みたいだ。うわぁ、ごちゃごちゃしてるなあ。建物がひしめき合ってるじゃないか。

「ほら、中道、すごいぜ、見てみろよ」
「あ、ああ、そう?」
「もう、ちゃんと写真とっといてよ」
「ちょっとバリちゃん、頼む」
「大丈夫かよ? 顔色悪いよ」
「うう、なんとか」

 中にいるとプロペラの音はそんなに気にならない。ほんとに観覧車みたいだな。でも、外の景色はどんどん変わっていく。ああ、もうあんなに小さくなっちゃった。

「あ、自由の女神が見えてきた」
「どれどれ? あれか。あの、潜水艦が首出してるみたいな?」
「へえ、あれかあ。ポツンとしてんねえ。緑か、あれ?」
「青じゃないの?」
「えー? 青にゃ見えないよ。あ、意外とあの島、広いんじゃない?」
「あれ、ちゃんとたいまつに火が付いてるんだ」
「たいまつ? 聖火灯でしょ」
「おお。こうやって近くになってくると、けっこうでかいよ。だってあれ人間でしょ。あの、蟻んこみたいなの」
「そうだな、でかいよな」
「なにあれ、観光客? それじゃ今日は海は凍ってなかったの?」
「うーん、今日は渡れたみたいだねえ」
「あー、タイミングわりぃ」
「まあ、いいじゃん。上から見られるんだから」
「なんか、あの台座だけ見てっと、国会議事堂みたいな感じしない?」
「いやあ、お墓みたいな気もするけど。台座の下はなにあれ? 星かな」
「星って感じじゃないっすねえ。バイキンくんみたいですけど」
「なんなんだ、それは」
「あっ、そんな近くまでいっちゃうの?」
「おお、顔がわかる。女神ってわりには、男っぽいな」
「あんまり美人じゃないっすね」
「あの冠の下、あれでしょ。展望台になってんでしょ?」
「ああ、なんかで見たことある」
「あそこだけ黒いもんねえ。ああ、入ってみたかったなあ」
「いつでも入れるよ、あんなとこ。お、女神の頭上、旋回し始めた」
「うわあ、やめてくれ、その攻撃は・・・」
「おお、中道、やっと口開いたか」
「もう一周いくねえ。サービスかな?」
「ええい、もっと廻れ、もっと廻れえ」
「やめてくれってぇぇー」
「あー、方向変わっちゃったあ」
「なあんだ、もう終わりかあ。つまんねえの」

 今度はハドソン川の方に行くんだな。ああ、ここだと、マンハッタンがまとまって見える。あんなに雑多なビル群が整然として・・・なんだかずいぶんちっぽけだな。やっぱり島なんだ。真っ平で、建物だらけの変わった島。そこにあんなにいろいろなものが詰まってるのか。ああ、だんだん近づいて来た・・・。



 ・・・

「あっというまに終わっちゃった。もう一回並んでみたいな」
「遊園地じゃないんスから」
「いやあ、でも、おもしろかったっスよねえ」
「なかなかねえ。貴重な体験だったかもしんない。中道、大丈夫かよ、おまえ?」
「え、ええ、なんとか・・・」
「さあて、それじゃ、次はバーニーか」
「あらあ、いよいよ。待ち合わせ場所は?」
「うん、サード・アベニューにあるコーヒー・ショップだって。ま、まだ時間もあるし、歩いて行っても間に合うでしょ」
「なんか、興奮するな」

 さあて、どうなることやら。ああ、気が進まない・・・。

 ・・・

「あ、ここだ。なんだ、意外にあっさり見つかっちゃった」
「へえ、おしゃれじゃない。通りから中が見えるようになってんだ。これならわかりやすいか」
「でも、会ったことないんだろ?」
「向こうから見たら探し易いでしょ。日本人の男四人組なんて」
「目立つかな」
「あんまりいないだろうね」
「ずいぶん時間残っちゃったな。まだ30分以上あるわ。どうします、中入って待ちますか?」
「ああ、そうしよ。さすがに疲れたよ」

 全面ガラス張りの店内か。雰囲気も静かだし、銀座のパーラーみたい。こんなとこ待ち合わせ場所に指定してくる女の子って、どんな子だろ? 意外と大人なのかなあ。

「ねえ、バーニーっていくつくらいなの?」
「さあ、よく知らないんですけど、オレと同じくらいじゃないっすかね」
「おまえと同じじゃ、22、3か」
「じゅうぶん、お、と、な」
「ああ、楽しみ・・・」

 あっ、こいつらのこの目。やっぱそういう期待してるよ。あーあ、落胆する表情が目に浮かぶような。だめだこりゃ、ちゃんと釘刺しておかないと。

「おまえらねえ、あんまり可愛いコ、期待するんじゃないよ。だいたいそんなの来るわけないんだから。やだよ、急に押し黙っちゃったりなんかしたら」
「やだなぁ、わかってますよ。ねえ?」
「う、うん」
「そうだよな。そんなに可愛いコ、来るわけないよなあ」
「そうだねえ・・・」

 ありゃ、すでにがっかりした顔付きしてる。これだもんなあ。

「あのね、それでも、わざわざ時間割いて会ってくれるんだから。感謝しなきゃ、感謝。ま、英会話の練習だと思ってさ」
「わかりましたって」
「そうですね、練習ですよねえ」
「そうかあ、練習かあ・・・」

 ん? なんの練習だと思ってんだ、いったい。なんか違うニュアンスになってるような・・・ま、いっか。確かにそういう練習にもなるかもしれない。

「あ、煙草もいまのうちに吸っといた方がいいっスよねえ?」
「そうだな。あんまり喜ぶヒトいないだろうから」
「そうかあ。よし、吸い貯めしとこう」

 ふぅー。あら、またなんかヒトの視線を感じる。あ、ホントに見てるな。やっぱ煙草のせいか。さっきまでそうでもなかったもんな。煙上がってるとこ少ないもんね。しかもここなんて、四人で一斉に吸ってるもんだから。いやでも目立つわな。ああ、煙草やめようかしら。この街にいたら、しょっちゅうプレッシャー感じちまう。そうだねえ、煙草の煙って漂うんだもんねえ。やめられんのかな。東京じゃ考えもしなかったな、こんなこと。

「おい、そろそろだろ?」
「そうだな、まだかなあ」
「あれは? あ、カップルか。違うわ」
「でも、一人で来るとも限んないんじゃない?」
「あ、言えてる。そうだよ、誰か連れて来るんじゃねえか、ふつう」
「ですよねえ。一人で来るなんてけっこう勇気いりますよ」
「相手、男四人だもんねえ。それも外国人」
「そうか、ボディガード役連れてくるか」
「そうだよ、きっと」
「あ、あれ違う? 一人だけど」
「えっ、うそ、可愛いよ、あれ。ジェニファー・ビールズみたいじゃん」
「誰ですか、それ。あ、違うみたい。向こう行っちゃった」
「そりゃそうだろ。やっぱりねえ」
「あ、そんじゃあれか。女の子二人だけど」
「こっち来るね」
「ああ、あれかもしれない・・・」

 そうだよ、あんなもんだろ。まあ、とっても健康そうな・・・健康過ぎるなあ。後ろの子は細身だけど。なんか、アメリカの『いくよくるよ』みたい。ああ、近付いてきた。ほうらな、やっぱり。どっちがバーニーなんだ? どっちでもいいけど・・・。

「あら、通り過ぎちゃった」
「なあんだ、違ったのか。ああ、良かったあ。完全、あれだと思ったよ」
「ちょっと勘弁だったよなあ」
「またあ、やっぱり、そんなこと考えてる」
「いやあ、でもですねえ・・・あ、あのヒトは?」
「違うって、あんなの」
「きれいなヒトだなあ。モデルみたい」
「どれどれ? へえ、ホントだあ」

 真っ白い肌に、プラチナ・ブロンドのショートヘア、青い眼、赤いワンピース・・・なんだ? もしかして、さっきのヘリポートにいた女の子の二十年後の姿なんじゃねえか・・・え? ええっ!

" Execuse me , Are you a SAKAI ? "
「あ、イ、イエス」
" Hi , I'm a Bunny Fly , Nice to meet you . "
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
" ? "

「・・・あ、ナイスツッミィツユゥ、シ、シッダンプリ、シッダンプリ」
「プリーズ、プリーズ、シッダン、シッダン」
" Oh , Thank you . Sorry to late. You'are waitting so long ? "
「・・・」
「・・・」
" ? What's happen ? Don't you understand ? "

「ノ、ノウノウ。(ん? これじゃわかんないことになっちまわねえか) い、いや、イヤ(なに言ってんだかわかんねえ)。あん…、(どうしよ、どうしよ。なんか続けなきゃ・・・)う、ウィア、サプラアイズ、コォズ、ユゥソォ、ビューテフォ」

 はぁ? あなたが美しすぎて皆驚いてますだあ? なに言ってんだオレは。あ、はっずかしいぃ。よくそんなこと言えたな、おまえ。

" Oh , Really ? "

 ああ、そんな目で見られても・・・、

「イヤ、オフコース・・・なあ?」
「え? あ、イエス、イエス」
「イエース」
" Thank you . "

 また、その微笑み完璧じゃないっすか。まいったなあ、こりゃ。ああ、美人過ぎる。え? あ、バカおまえ、オレ見んなよ。オレだって、こんな美人としゃべるなんて、それこそ用意してないよ。どうすりゃいいんだ、いったい。ああ、オーダー頼む英語が、また流暢な・・・当たり前か。ちゃんとオレたち向きには、ゆっくりしゃべってくれてんだな。

" So , What's your name , please . "
「あ、マイネェム、イズ、ユキオ、コモーリ・・・」

「マイネイム・・・」

 ひとりひとり、ちゃんと目を見て微笑みかけて、名前復唱してから、改めて " Nice to meet you . " だって。このヒト、性格もすっごくいいんじゃないか? なんか育ちもよさそうな感じするし。美人なのに全然嫌みじゃない。信じられないよ、こんなの。

 ・・・

「行っちゃいましたねえ・・・」
「そうだねえ・・・」
「ハァ・・・」
「ふうっ・・・」
「それにしても、よくしゃべってましたねえ」
「え? あ、オレ?」
「そうっスよ。あんなに話すと思わなかった」
「そうかあ・・・。なんか、なにしゃべってたのか、全然覚えてないんだけど」
「そうなんスか? それにしちゃ、一番しゃべってましたよ」
「舞い上がっちゃってたのかなあ。あ、わりい、オレばっかし。おまえの知り合いだっていうのに」
「いや、いいんスよ。逆に助かりましたから」
「そう? ならいいけど。はぁ、それにしても・・・」
「完全にまいっちゃいましたね」
「いや・・・まあ・・・ね」
「ま、わかりますよ、あれじゃあ」
「なあ。いるもんだねえ・・・」
「いるもんだよなあ・・・はぁ・・・」
「ま、ちゃんと写真もとったし、住所も聞いたし。よかったじゃないですか」
「そうだな。あ、おまえ、他の写真どうでもいいから、その写真だけは失敗すんじゃねえぞ」
「あらまあ、写真嫌いなんじゃなかったでしたっけ?」



 ・・・

 次はマジソンスクェア・ガーデンか。はあ、なんか後なんでもいいやもう。バーニーの顔が頭から離れない。いいコだったなあ。歳、21とかいってたっけ。四つ下か。そんなに変じゃないよなあ・・・。な、なに考えてんだ、オレは。バカじゃねえか。二度と会うわけないだろうが、あんなコ。そりゃ、確かに住所は交換しあったけど。ニュージャージーに住んでんだよ。月に住んでんのと変わんないじゃないか。飛行機で14時間もかかるとこなんて・・・14時間かあ・・・土曜に出かけて、日曜に帰ってこれるかな。はぁ・・・。

「はい、チケット」
「・・・あ、ああ」
「どうしちゃったんスか?」
「いや、なんでもない。いくらだった、これ?」
「18ドルです」
「なんの試合だっけ?」
「バスケットですよ。カレッジ対抗戦。ほら、あそこに書いてあるじゃないっスか。ん? 大丈夫っスか? 聞いてます?」
「・・・あ、ああ」
「全然こころここにあらずっスね」
「さあ、行きましょ、行きましょ。ほら、もう試合始まってますよ」
「・・・ああ」
 ああら、でっかい体育館。ホントだ。バスケットやってるわ。ふーん・・・。

「あった、あった。席ここだ。けっこう近いねえ。よく当日でこんな席座れるよな」
「まあ、カレッジ戦だからねえ」
「それでも、選手はでかいねえ。スピードもあるし。うわあ、今のダンクすごかったな」
「な、カレッジ戦っていってもバカにしたもんでもないだろ。レベル高いんだから」
「やっぱ、黒人が多いよな」
「あそこに、すごい小さい白人いるじゃん」
「ああ、ありゃ逆に目立つな」
「でも、あいつ動きいいよ。けっこうボール持ってるし。あ、すごい。あそこからシュートしちゃった」
「3ポイントだね、いまのは。しかし、どっちがどっちなんだかわかんないから、応援の仕様がないよな」
「こりゃ、純粋にバスケット楽しむしかないだろ。ま、マジソンの雰囲気を楽しむんだね」
「あれ、どうしました? ずっと黙り込んじゃって、珍しいじゃないっスか」
「あ、ああ・・・」
「やっぱ、バーニー病だね、こりゃ。それもそうとう重症の」
「ばっか、そんなんじゃねえよ。ただ、ちょっとね・・・うん」
「あらら、坂井ぃ、責任とらなきゃ」
「なんでオレが。いや、そりゃ、頑張ってください」
「なにを、どう頑張んだっつうの」
「あ、ハーフタイムだよ。チアガールが出てきた。おお、こりゃいい」
「うわあ、すごいねえ」

 は、あんなに一杯バーニーが・・・踊ってる、踊ってる。青いミニスカート蹴り挙げて、弾んでる、弾んでる。なんて楽しそうなんだろ。ニコニコ笑いながら、あんなに激しく。え? なにすんの、三人一組になって。なんだ。騎馬戦でも始めるのか。ん? あそこ足場にして・・・うわっ、飛び上がった。えー、あんなに高く。サーカスみたいじゃねえか。危ねえ。あれで受けとめられなかったら、どうすんだよ。おいおい、またやんのかあ。

「ちょ、ちょっと、あれ、しゃ、写真」
「はいはい。ちゃんと取ってますよお。安心してください」
「あら、女の子が出てくると急に元気になりましたねえ。ホントにまあ、このヒトだけは・・・」
「いや、そんなんじゃなくて・・・」

 だって、あんなに一杯バーニーがいたら。ああ、危ないってば・・・。

 ・・・

「あイタッ、もうこんなに列が出来てる」
「すごいな。五、六十人はいるんじゃねえか?」
「あー、わざわざバスケット途中で抜け出して、早めに来たっていうのに」
「いや、早めでよかったよ、やっぱ。あれ最後まで見てたら入れなかったでしょ、これじゃ」
「こっちのライブ・ハウスでも、こういうことあるんだねえ」
「さすが、ハービー・ハンコック」
「いや、ブルーノートだからじゃない? ほら、ここ有名だから、たいして音楽聴かない人間でも来ちゃうでしょ」
「うーん、両方あるような気がする」
「ねえ、ハービー・ハンコックって、そんなにすごいの?」
「え? そりゃ、すごいでしょ。やっぱ、ジャズ・シーンじゃ」
「ふーん。オレ、あんまりよく知らないんだよねえ、そっちの方は」
「いや、オレもよく知らないですけどね」
「なんだ、やっぱそうなんじゃん。連日渋いとこ予約してくるから、こんなのばっか聴いてるのかと思った」
「いやまあ、名前くらいはね・・・」
「ハービー・ハンコックなんて、オレ、あれしか知んないよ。あのレコード盤きゅきゅ回すやつ」
「なんですかそれ?」
「ほら、あのディスコでDJがやるよな音使った曲」
「はいはい、知ってます。あの曲、一応流行りましたもんね」
「うん。オレはあんまり好きな曲じゃなかったけど。でも、あんなことばっかやるヒトなんだと思ってたんだけど」
「いやあ、本来はモダン・ジャズのピアニストらしいっすよ」
「そうなんだ」

 モダン・ジャズねえ。どんなんだろ。もしかして、思い切り頭痛くなっちゃうようなやつじゃないだろうな。どうも苦手なんだよなあ、ああいうのって。あの、何やってんだかわかんないような音楽。結構、批評家受けはするんだよんねえ。まあ、わかりづらいものわかったようなこと言ってた方が、すごそうに見えるもんね。でも、並んでるヒトたちは、なんだか喜々としてるなあ。これだけ並んでんだから、多少はポピュラーなんかしら。  ん? なんだ、このお兄ちゃん。急に振り返って。

" Hey , Are you japaese ? "
「イヤ」
" Oh , I'd been livn'in Japan before . "
「オ、リアリ?」
" Yeah , two years ago , A- MO-KARI-MATUKA ? "
「モウカリマツカ?」
" Yeah , yeah , BOTIBOTIDENNA . "
 こいつ・・・関西にいたんかいな。
「ホェア、ドゥユリブイン?」
" Ah , YOKOHAMA . Do you know there ? "
「イヤ、アイノウ、アイノウ」

 横浜ってことは海軍か? やけに陽気そうな白人だけど。ニューヨークでこのタイプは珍しいよな。とりあえず誉めといてやろ。

「あー、グッドグッド、ユアジャパニィズ」
" HA HA HA ! Yeah , I Know , SATUPORO ITIBAN MUSO RANMEN ! HA HA HA - "
「ハハ・・・」

 うう、ただのバカだ・・・。

 へえ、これがブルーノートかあ。中はたいしたことないような・・・あれがステージだろ。背景が青っぽいカーテンに仕切られてて、“Blue note”の青い文字、真ん中にオタマジャクシ。金色の安っぽいモールがアーチ型に飾られてる。だせえなあ、中学校のお楽しみ会じゃないんだからさ。ああ、ホントだ。日本人の観光客らしいの多いわ。どっからどうみても、ジャズなんて聴きそうにないような連中だな。なんだかねえ。ブルーノートだったら何でもいいんだろうな。

「まったく。やだなあ、観光客は」
「オレらも観光なんスけどね」

「そ、それもそうなんですけどね」
「トイレどこっスかね?」
「トイレ?」
「いや、あんな寒いとこに長いこといたもんスから。ちょっと探してきます」
「ハハ、しょうがねえなあ・・・あ、待て、オレもいくから」
「なんだ、やっぱ我慢してたんスか?」
「バカ、おまえがいうから思い出しちゃったんだよ」
「なんか、この辺にはなさそうですけど」
「あの階段の上じゃねえか?」
「あ、あった。ホントだ」
「ほうらね。なんかトイレの匂いがしたんだよ」
「どんな匂いなんスか、それは」
「臭いんだろうね、やっぱり・・・」

 なんだかこのトイレもあんまりたいしたことないなあ。場末の名画座にいるような感じだよ。けっこう古いんだろうな、この建物。

「はあ、やっとすっきりした。あれ、あんなとこに売店がありますよ」
「え? ポップコーンでも売ってんの」
「そんなわけないでしょうが。ブルーノートっすよ、ここは。ああ、ノベルティーグッズっすね、ブルーノートの」
「へえ、こんなもんあんのか。Tシャツに、レコードに、サイン入りブロマイド? はあ、やってることは原宿と変わんないね」
「内容はだいぶ違いますけどね。なんか買っていこうかな・・・」

 まあ、こういうとこのお土産っていうのもいいかもしんないけど。あ、このへんおもしろい。アクセサリーかな。このト音記号は? あ、ピアスか。誰がするんだこんな大きいの。耳の穴広がっちゃわねえか。トロンボーンのネックレス、トランペットのタイピン。鍵盤のマフラー? いいなあ、これ。しかし、こんなの首に巻いて街歩けるかな。うーん、素面じゃちと厳しい。あ、このステッカー、絵はがきにもなるんだ。この辺が手頃かな。

「あ、あの、あれ・・・ハービー・ハンコックじゃないっスか?」
「うん? あ、ホントだ。あれま・・・」

 あのチョビ髭、眼鏡の黒人は、確かに写真で見たことある。あっけなく目の前に座ってんだもんなあ。なにあそこ、事務所かなんかか? やけにリラックスしてっけど。

「あ、あれ、サインとか貰えますかねえ?」
「さあ? でも、なんか大丈夫そうな雰囲気だね」
「あ、あ、オレ貰ってこよ」
「貰うったっておまえ、なんか持ってんの?」
「な、ないス。なんにも」
「おでこにでもしてもらうか?」
「バカいってないで、早く席戻りましょ。なんかあるはずですから。ああ、早く・・・」
「お、ちょ、ちょっと・・・」

 まったく、ミーハーなんだから。あーあ、今度は三人してダッシュしていっちゃったよ。どうすんだ、そんなもん貰って。

 そりゃまあオレだって、高校の修学旅行で、夏目雅子が同じ新幹線に乗ってた時には、ダッシュしてハンカチにサイン貰ったけどさあ。握手までしてもらったんだよな。きれいなヒトだったなあ。手なんてすごく細くて。他のお客さんの迷惑になりますからねって注意されたんだよな。いいヒトなんだろうなって感じた。死んじゃったんだよなあ。なんであんなヒトが・・・。

「貰えました、貰えましたよ!」
「そうか、よかったねえ」
「いやあ、握手までしてもらっちゃった。こういうところがいいですよねえ。あれ? どうしたんすか。涙ぐんじゃって」
「いや、なんでもない。ちょっと、昔のことを思い出しちゃってね・・・」
「な、なんか、たそがれちゃってますね」
「ねえ、あそこにいる女の子たち、空港で見かけた子たちじゃないっスか?」
「え? あー、コリーとスピッツ!」
「は?」
「いや、こっちの話。へえー、こんなところで会うなんて」
「やっぱ、覚えてましたね」
「うん、まあ・・・ん? おめえだって覚えてんじゃねえか」
「いやあ、一応・・・」
「でも、あの子たち男連れみたいっスよ」
「え? あ、ホントだ。うそ、なんで?」
「なんでといわれても・・・」
「空港いた時はいなかったよな、あんなの」
「ええ、確か・・・」
「はあ、そんじゃあれっすね。ナンパされたか・・・」
「いや、あの手は同じツアーと見たね。すぐ仲良くなっちゃいますからねえ、ああいうのは」
「そ、そういうもんなの?」
「そういうもんっス」
「ああ、世の中そんなことになってるのか。知らなかった。ツアーなんてバカの集まりだと思ってたのに・・・。どーして、あの子たちと同じツアーにしなかったの?」
「そ、そんなこといわれても・・・、あ、ほら、始まりますよ」

 あ、さっきのおっさん。ああ、ハービーね。あらま、すごい歓声だわ。人気あるんだね。なんだ? あっちこっちに挨拶して。知り合いかな、あれ。やっとピアノに座ったか。手前がウッド・ベースで、あっちにいるのは、サックスか。これだけの編成?

 あ、弾き始めた。・・・・・・・・・静かな曲だな。あんまり展開もないし・・・・・・・・・あ、終わり? なんだったんだ? とりあえず拍手。次は・・・・・・・・・似、似たような・・・・・・・・・ん? 転調したのか
な・・・・・・・・・なんか、わけのわかんない方向に向かい始めたような・・・・・・・・・モ、モダン・ジャズやな、やっぱり・・・・・・・・・あらま、ピアノの弦、直接指ではじき出したよ。無茶すんな。あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・な、ながい・・・・・・・・・・・・・・・あ、いかん、寝てしまった・・・だめだあ、この手は・・・。

「なかなかだったねえ」
「うん・・・」
「そ、そう?」
「え、いまいちでした?」
「いやあ、ていうか。ちょっと寝ちゃったかな」
「えー、寝ちゃったんですか?」
「うーん、どうもあの手の音楽は・・・いや、寝やすかったけど」
「はあ、だめっスね」
「いやまあ、こればっかりは好みですもんねえ。オレもちょっと辛かったんスよね」
「あ、わかってもらえる?」
「それにしても、もったいない。これライブ代だけで、$50ですよ」
「高いよなあ」
「でも、ブルーノートでハービーハンコックだからね。こんなもんなんじゃない?」
「さ、そろそろ行きますか」

 $50かあ。アート・ブレイキーの方に上げたいな、オレとしては・・・。

「あの、すいません」

 ん? このイントネーションは関西。あら、女の子。え、オレ?

「はい。あの、ちょっと、シャッターお願いしてもいいですかぁ?」
「あ、はい」

 なあんだ、なにかと思ったら。へえ、二人組か。両方ともなかなか・・・、

「いいですか? いきますよ。はいっ」
「どうもぉ。ありがとお」
「い、いいえ・・・。あ、あの観光ですか?」
「ええまあ・・・」
「そうっスか・・・」
「それじゃ、どうも」
「あ、あの・・・」
「は?」
「い、いや・・・、あ、オレらもシャッターお願いしていいっスか?」


 だめだ。あれ以上会話進められない。だってなに言ったってわざとらしいんだもんな。言う前に自分で嫌になっちまう。やっぱ向かないな、こういうの。バーニーと話してた方がよっぽど楽に話してられたような気がする。はあ、バーニーかあ・・・。

 ・・・

「小森さん、なんかメッセージ届いてますよ。ほら、これ。ツゥ、コモリって」
「え? ・・・あ、藤田さんからだ。連絡してくれてたんだ」
「なんですって?」
「うん・・・、明日、電話してくれって。こっち戻ってきたみたいだな」
「よかったっスねえ、やっとこれで本来の目的が」
「ああ、すっかり忘れてたけどな・・・」



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