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3日目 − 1989.12.26 −
・・・はあ、やっぱシャワー浴びると眼が覚めるわ。相変わらずバリに起こしてもらっちゃってるけど。ま、しょうがないやね。うーん、いい朝だ。あら、バリ何やってんだ?
「なに、おまえ洋服たたんでんの?」
「え? ああ、ほら、たたんどかないと、ぐちゃぐちゃになっちゃうでしょう?」
「はあ、几帳面なのな、おまえ。オレなんか、脱いだら丸めて放り込んじゃうだけだけどな。けっこう、神経質なんじゃないの?」
「いや、そんなことないと思っすけど」
「何型だっけ、おまえ?」
「B型っすよ」
「はあ、そう・・・」
「小森さんは?」
「A型」
「そうっすかあ・・・。あ、それで、今日どうするんすか?」
「うん、街ん中でもぶらぶらしてみようかなと思ってんだけど」
「あの・・・、一緒に行っていいっすか?」
「え? あ、いいよ別に。どうしたの?」
「いやあ、一人で置いていかれたら、どうしようかと思って・・・。良かったっすよ。ね、やっぱ、旅は道連れって言うじゃないっすか」
「はあ・・・。おまえ、ホントにB型?」
「はい」
誰なんだ、血液型性格診断なんてものを考えた奴は。
「ま、いいや。とりあえず、朝飯でも食いに行くか」
「そうっすね。また下にします?」
「いやあ、あそこ高いから。外捜してみよ、近くになんかあんだろ」
ひやぁ。ホテルの外は今日も寒いや。この寒さばかりは日本の比じゃないんじゃないな。浮浪者が死んじゃうとかいうニュースもわかるぜ、これは。あ、手袋買お。うん、必需品だわ。あら、こんな日でもちゃんとドアマンのお父さんは立ってんのね。
" Good morming . "
「モーニン」
さらに笑顔で挨拶しちゃうんだから。たいしたもんだよ。最初はどうかと思ったけど、あのホテルって、案外いい位置に建ってるよな。ちょいと歩いただけで繁華街に出れるし、地下鉄のターミナル駅も近いし。かといって、通り一本隔ててるら近辺は静かだし。うん、この辺歩いてると落ち着く。ホテルの外出たら、いきなり賑やかな通りじゃねえ。あ、あの店よさそだな。
「なあ、あそこどう?」
「行ってみますか」
ふーん。なんて言えばいいんだろ。喫茶店なんて気取ったもんじゃないし。ブュッフェ? ちょっと違うかな。スタンド・バー? いや、ちゃんと椅子はあるな。広めの店内に、緩いW型のカウンター席が並んでて・・・そうだ、牛丼屋の造りだ。といったって、あんなにガツガツしてないし、狭苦しくもない。安っぽいは安っぽいんだけど、でも、いいな、この雰囲気。妙に落ち着ける。時間帯のせいか、お客さんはそんなにいないし。もう十時だもんね。
「お、安いじゃん。コーヒー75セントだって。トーストとハム・エッグ付けても、全部で3ドルちょっとにしかなんないよ」
「味、大丈夫ですかね?」
「さあ、どうだろ。ま、そのへんはしょうがないかな」
カウンターの中に、おばさん一人か。このおばさんも愛想いいわけじゃないけど、そんなに嫌な感じじゃないね。この店に丁度いい。あ、奥にもう一人おじさんがいる。あのヒト作ってんだな。これ灰皿だろ。てことは煙草も自由か。ああ、あのおじさんぷかぷかふかしてんな。ホテルとはえらい違いだ。あら、このコーヒーまともだな。食い物は・・・、
「けっこう、うまいんじゃない?」
「ですねえ。ここ正解ですよ」
昨日の朝飯よりずっといいや。捜してみるもんだなあ。ホテルのすぐ側にこんなとこあるんだから。え? あ、コーヒーおかわり有りなの。
払いはレジか。こういうのってチップどうなるんだろ。スーパーと一緒かな。あれだとチップなんていらないんだけど。試しに、多めに渡してみっか。・・・ありゃ、すぐお釣りが来ちゃった。してみるとあれか、レジのあるところはチップはいらないってことかな?
" Thank you , Have a goodday . "
おお、ハヴアグッディがさらっと出てきてしまう。いいなあ、こういうの。
「バリ」
「え?」
「朝めし、毎回、ここにしよ」
・・・
「さて、どの辺から行ってみます?」
「そうだねえ、ブロードウェイの辺りから下ってみる?」
「それって、初日のコースになんないですよね?」
「ああ、・・・バスに乗るのは止めような」
ま、あんなことはもうないだろ。昼間だし、さすがに土地感も付いてきたからねえ。だいたい、一度把握できればニューヨークなんて、けっこうわかり易い地形してんだよな。東西に長い通りがあって、後は横の通りだけなんだから。京都みたいなもんだ。
お、だんだん人が増えてきたな。なんだろ、あの道端にいるのは。危なそうだなあ。小さな紙袋握りしめて。酒か? あら、なんか言ってるよ。知らんぷり、知らんぷり。なんだあれ。ドラム缶の上に四、五人集まって。カード? 手品でもやってんのか。そんなわけねえな。賭博かなあ。うわっ。でけえ。いきなり現れたら驚くでしょうに。目の前まっ黒になったからなにかと思ったら。おうおう、なんだかなあ・・・、
「いつのまにか人だらけじゃねえか」
「ここ、あれっすよ。ほら、あれタイムズ・スクェアのビルでしょ」
「あん? あ、あれそうか」
でっかいビルにデジタル時計。なんだ、たいしたことねえな。これならアルタの方がすごいんじゃねえか。あ、でもあれか。そうだ、それじゃあ、この辺でカウント・ダウンするわけだ。ああ、一回見てみたいよなあ、あの瞬間。あれだろ、回りの誰とキスしてもいいんだろ。かぁ・・・。うわっ、気持ちわりっ。へんなおっさんにキスされるとこ想像しちまった。なんでそうなんの、オレは・・・。
なんだろ。あんなとこに列ができてら。うん? ”$9.99”? ベタベタ貼ってあんなあ。食い物屋か? 中にカウンターが見えるけど。”STEAK”? ”BEEF”? あ、ステーキ屋か。
「へえ、9ドル99でステーキだって」
「やっぱ、こういうとこには列が出来るんすねえ」
「なあ。どこ行っても、こういうことは変わりないね」
「一回、食ってみたいっすね」
「ああ。でもあんなに並んでちゃあねえ・・・」
信号は " DON'T WALK " になってるけど、こんなの誰も守る人間ここにはいない。車さえ来なけりゃ、どんどん渡っちまう。うん、正しい姿だな。信号はただの判断材料なんだから。こんなものは優先順位の問題で、両方いないところじゃ意味がない。なんか、そう言ってる間にだんだん街並が変わってきたな。この辺はショッピング街って感じかな。
「しっかし、すごい人ですねえ」
「なあ。二日前の夜がうそみたい」
「おんなじ道なんですけどねえ」
行けども行けども人、ヒト、ひとだな。それも全部外人。あ、ここじゃオレが外人か。黒、黒、白、茶。白、白、黒、茶。茶、白、黄、黄? 中国? 黒、黒、茶、白。白、白、黄、黄、韓国? 白、黒、黄、黄、日本? 白、白、赤? ホントいろいろいるなあ。疲れちまわあ。お、なんだこれ? デパートみたい。
「よし、とりあえず、ここ入ろ」
「はあ、よかった。なんか、目まわすとこでしたよ」
「あ、もしかしておまえも色分けゲームやってた?」
「は? なんすか、それ」
「いや、わかんないならいい」
なんかデパートっていうよりは、スーパーだなここ。あれ、でも服とか売ってるね。西武っていうより、西友って感じか。ニューヨークっていってもこんな店あんのね。そうだよな。東京だって、みんながみんな高島屋で物買ってるわけじゃないんだもん。よっぽど、こっちの方がほんとらしいや。
「なんか、ろくなもんなさそうな」
「あ、エスカレータ、上がってみます?」
「うん・・・とりあえず行ってみっか」
このエスカレータもなんか、いかにも古そうな。止まっちゃうんじゃないの、これ。ありゃ、と思ったら、二階までで終わってしまった。これが最上階だったんか。
なんだ、ここ? ど真ん中にジーンズ山盛りになってら。バーゲン会場のような。ああ、周りにいるのは黒人系のおばさんたちばかり。なんだか、とんでもないところへ来ちゃったかな。だいたい、こんなとこに売ってるジーンズなんか・・・あら、これリーバイスだ。うそ。リーボイスとかじゃねえのか? " LEVI'S " 。赤いタック。後ろのポッケの印。本物だあ。なんでこんなところで。いくらだよ。$33.20? 計算、計算・・・オレが、今履いてるやつ、八千円くらいだったよな・・・。
「バ、バリ、ちょっとジーンズ、買っていってもいい?」
「はあ・・・」
サイズ、サイズ・・・。まだ29インチで大丈夫だよな。あ、あるある。29なんて、全然小さい方なのね。え、試着室は? あ、あれか。辛うじて申し訳程度にあるな。あれ、ちょっと待てよ。ここ裾上げなんてやってくれんのか? 見渡してみると・・・ない。うん、どこにもそれらしき作業場はない。ポツンとレジがひとつあるだけだ。てことは、あれか。足の長さも合わさにゃならんのか。げっ、有るか、合うヤツ? 短いよう、オレなんて・・・。これならいいか? ちと履いてみよ。
う、うう。股上が短い。こんなんで一物取り出せるかあ? 日本のと作りが違うんだろか。アメリカ人って意外と・・・? うそ、そんなことねえだろ。見たことあるよ、アメリカのポルノ。しゃれになんなかったよ、あれは。お、でも後はぴったり。あつらえたみたい。いいや、これ買っちゃお。
・・・
「いきなり、ジーンズ買っちゃいましたかあ」
「いやあ、衝動買い、衝動買い。ま、一本しか持ってこなかったからね。丁度よかったよ」
「しっかし、あそこで買うところがまた、ニューヨーカーしてますねえ」
「そう?」
「そうっすよ。日本人、オレらだけでしたよ」
「まあね。安きゃいいじゃん。あれ、待てよ。そうだオレ、手袋買おうと思ってたんだ。ころっと忘れてたわ」
「手袋っすか。そりゃジーンズより、よっぽど必需品ですね」
「うん、捜そ、捜そ。こんどは手袋売ってそうな店ね。ついでに厚手の靴下も買った方がいいかな」
「厚手のタイツ買った方がいいんじゃないっすか?」
「それはいや」
相変わらずの人混み。昼下がりのニューヨークなんて、こんなものなのかな。にぎやかな街だ、ホントに。いつのまにかエンパイヤステートビルが後ろになってら。いい目印だよ、あのビルは。ちらほら背広姿の日本人を見掛ける。あのヒトたちはここで働いてるんだなあ。生活してるんだ、こんなところで。何人もの藤田さんがいるのか。はあ、どんなんだろう、ここで生活する気分は。わけもなく憧れちまうわ。
「バリ、ちとあれ食ってみようぜ」
「お、ホットドック。いやあ、いよいよ、ニューヨーカーっすねえ」
・・・・・・・・・
「よっ、久しぶりぃ。元気だったあ?」
「なあに言ってんスか。オレなんか、夕方くらいからホテルいたから、待つくたびれちゃいましたよ。どうしてたんすか、今日は?」
「うん、街でぶらぶらショッピング。そうだな、けっこう歩き回ったな」
「あれ? そういえば、そのジーパンとスニーカー、おニューっスか?」
「そ。見てくれよ、このコンバースのハイ・カット。なんだかわけのわかんないカゴの中に入ってたんだけどさ。これ$21だぜ」
「へえ、そりゃ安いな。どこで見つけるんすか、そんなもん」
「見つけんじゃないよ。出会うんだよ」
「まあた、かっこいいこと言っちゃって」
「おまえらは、何やってたんよ?」
「やっぱ、ぶらぶらしてましたけどね」
「二人で?」
「いえ、別々ですよ」
「大人だな」
「いやあ、見るもん違いますからねえ」
「いいギター見つけたんスよ。オベイションなんですけど。もう、買おうかどうしようか悩んじゃって、悩んじゃって」
「買ったの?」
「まだ悩んでます」
「なんだかなあ。あ、そんでさあ、帰りにマジソン・スクェア・ガーデン寄ったんだけど、明日あたり見にいかない?」
「なに、プロレスの試合でもあんの?」
「あのねえ。バスケットだよ、バスケット。大学の対抗戦やってるらしいんだ」
「へえ、いいねえ」
「でしょ。それじゃ、明日の晩行きましょうよ」
「ところで、今晩は?」
「あ、そうそう、すごいよう。なんと、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ」
「アート・ブレイキー? え、まだ生きてんの?」
「生きてますよ、ちゃんと。ま、確かに危ない歳だとは思いますけど」
すごいなあ。なんか昨日から、今のうちに見とけシリーズじゃねえか。やっぱすごいんだな、ニューヨークの年末は。それとも年中こうなんだろうか。いやあ、いくらなんでも特別でしょ。
そうはいっても、アート・ブレイキーなんてまともに聴いたことないんだよなあ。ジャズの大御所で、たしかドラム叩いてたような。その程度しか知識ねえもんな。それでもすごいと思っちゃうんだもんね。まともにジャズ聴いてるヤツに言ったら、飛び上がっちゃうだろうか。うん、自慢になるかも知んない。しかし、オレの回りじゃ、あんまりわかるヤツいないか。アート・ブレイキーより、マイケル・ジャクソンの方が受けるんだろうねえ・・・。
「演奏、十時からなんすよ」
「あら、またそんなに遅いの」
「だいたいが、そんなもんらしいっス」
「そんじゃ、とりあえず飯にしましょうか。ちょっとステーキなんてどうっすか?」
「ステーキ? そりゃまた豪華な」
「いや、違うんすよ。街で見かけたんすけど9ドルステーキ」
「ああ、あれか。あの紙ベタベタ貼ってたとこ」
「お、やっぱ見てますねえ。ちょっと並ぶみたいなんすけど、どうっすか」
「行きましょ、行きましょ。そうか。なんだ、考えること一緒だなあ・・・」
あれ、昼間ほど並んでないじゃん。これならすぐ入れるな。へえ、奥にはテーブル席もあったんだ。意外に広いな。あ、ウェイターが来た。
" How many people ? "
「フォー(指四本)」
" OK , A- smoke or nonsmoke ? "
「スモークプリィー」
" OK , come here - "
なあんか、安い店にしてはしっかりしてるっていうか。え、ここ・・・?
「やっぱ、なんですねえ。ニューヨークって・・・」
「煙草吸いには住みづらいとこなんだろうねえ・・・」
「だねえ・・・」
「しかし、なにも便所の隣りじゃなくてもなあ」
「しょうがないんじゃない」
「ですねえ。あっちじゃ、煙草吸ってませんもんねえ」
「はあ。煙草やめよかな」
「無理でしょ、いまさら」
「ま、ほら、ステーキ食いにきたんですから」
「そうね」
「便所の隣りでステーキ食うかあ」
「言うなちゅうの、おまえは」
「あ、来た。え? うわ、また・・・」
「・・・でかい」
結局また全部食っちゃったわけね。ああ、腹が苦しい。やっぱジーンズ、30インチにしときゃよかったかな。はあ、体が重い。こんなん続いたら、すぐ太っちまうぜ。ニューヨークでジョギングが流行るわけわかるわ。なんか食ったら運動しなきゃ。ん? 運動するから食うのか。どっちが先なんだ? ああ、なに考えてんだ、オレ。
どっちみち、こうしてタクシー乗ってちゃねえ。しかし、タクシー乗るのもすっかり慣れちゃったなあ。
「着きましたよ。そこです」
「あ、ここ?」
「なんか、なんにもなさそうだけど」
「いや、ほらそこ、スィート・バジルって書いてあるっしょ?」
ん? ああ、言われてみれば確かにデカデカと “Sweet Basil”って書いてあるな。ふーん、古くさい雨戸板みたいだけど。
「これ、けっこうぼろいんじゃねえか?」
「いやあ、裏だからでしょ。表、回ってみましょ」
「あ、待て待て。とりあえず、ここで写真」
「えー、こんなとこも取んのか?」
「いやあ、ほら、今日全然フィルム使ってないもんすから、余っちゃってんすよ」
「いや、別に無理矢理使わなくても・・・、あの、寒いんですけど」
「いいから、いいから、並んで、並んで・・・」
あら、店内はそんなにぼろくもないや。なかなかきれいじゃん。長方形の木のテーブルが縦に三列か。壁は木目だし。店内も明るいし、ライブハウスというより、おしゃれな山小屋って雰囲気だな。
ちゃんとステージは段になってんな。ドラムがぽつんと置かれて。でも、あれじゃ狭いんじゃない。あそこにも“Sweet Basil”って書いてあるわ。あれ、あんなことにクリスマスの輪っかが。
「なんか、あの辺の造りが安っぽいよな。町の公会堂って感じじゃねえ?」
「あのねえ。ここけっこう有名なんだよ。ほら、あっちの方に日本人もいるでしょ」
「あ、ほんとだ。昨日なんて見かけなかったもんな。さすがにアート・ブレイキーは知ってるか。しっかし、日本人がいるかどうかで判断するのもなんだねえ」
「いやあ、ほか全部、アメリカ人に見えますからねえ」
「ホントはあっちこっちから来てんだろ。アメリカ国内の観光客もいるかもしんない」
「あの辺、テキサスっぽいっすね」
「なんか片っ端から聞いていってみたいね。どこからいらっしゃいましたかって。すげえだろうな。あっちこっちいたりして」
「意外と純粋なアメリカ人少なかったりして」
「いや、あれだってアメリカ人かもしれないよ。ほら、日系人とかさあ。ま、見た目じゃわかんないからね」
「そうっすねえ。あっちから見たら、こっちは中国だか韓国だかわかんないだろうし。やっぱ、一緒に見えるんだろうな」
「オレたちが見たら、なんとなくわかるけどねえ」
「じゃ、アメリカ人はそれ以外がわかるんだろうか?」
「いやあ、むずかしいんじゃない」
「思いっ切りわかってたりしてね。あ、ありゃフランスだとか」
「東欧系はわかりやすいかな」
「眉毛が濃かったらドイツ人」
「なんだよ、それ」
「いや、ドイツ人って眉毛濃いっすよ」
「なあ、あれ楽屋か。ほらあの“EXIT”が光ってるとこ。なんかチラチラ見えてるけど」
「ああ、そうですね。軽くカーテン引いてあるだけかあ」
「なんかあの辺も安っぽいなあ・・・」
あ、暗くなった。始まんのか。楽屋からヒトが出てくるシルエット。おお、いい感じ。ちと、あの非常口の赤い光は邪魔だけど。何人出てくんだ。ヒュー、ヒュー。まだかまだか・・・。
おう、いきなりブラス・セッション! かっこいー。あれがジャズ・メッセンジャーズかな? 横一列にずらっと並んで、服装ばらばら、人種ばらばら、音ぴったり。はあ、さっすがだあ・・・。あれ、ドラムがいない。それじゃ、アート・ブレイキーはまだか? もう少し、こいつらだけで回すのかな? まあ、いいや。十分見応えあるわ。あのトロンボーン持ってる奴、プリンスみたいな顔してんな。髪型はボブ・マーリーだけど。あいつだけえらい派手だ。
「あっ、出てきたあ」
「おお、アート・ブレイキーだあ」
「うわあ、すっげえ、じじい」
「大丈夫なんか?」
ホントかよ。腰曲がっちまってんぜ。よろよろドラムに向かってまあ。黒い顔に白髪頭が映えちゃって。おお、すごい歓声だ。ジャズ・メッセンジャーズが、ただの前座扱いになっちまった。ん、叩きだした。うん、叩いてる。ちゃんと叩いてるぅ・・・、うーん、うまいのかへたなのかよくわからん。微妙に後乗りになってるような、パワーが足りないような・・・。ええい、そんなことどうでもいいや。あの存在感ったらないぞ。
「ちゃんと叩いてるねえ」
「叩いてますねえ」
「アート・ベレイキーだよねえ」
「アート・ベレイキーっスよ」
「本物だよねえ」
「本物っスよお」
ううっ、なんかあそこにいるだけで感激してきた。なんなんだ、これ。顔だって初めて見るような気がするのに。ああ、でもこのバンドは、やっぱりあのじいさんのバンドだ。メンバーがかわいく見えちまう。
今度の曲はちょいと早めか? じいさん大丈夫か。おお、なんか調子が出てきたような。う、うん。自分のリズムに引きずりこんでるような・・・。よおし、乗り切ったぞお。
そのままこれは・・・メンバー紹介か。いいね、いいね、このリズム回し。ヒュー、ヒュー。なんだプリンスが取り仕切ってるのか。ヒューヒュー・・・ヒュー、あ、あれ、じいさんどこ行くんだ? おいおい、メンバー紹介途中だよ。いつのまにかドラムの音だけなくなって。い、いいのかなあ。関係ないのかあ。うそ、へんだろ・・・、
“ and, ---Art, Breakley ! ・・・ ? ”
ほら、プリンスもきょとんとしたぞ、いま。あ、楽屋に走っていく。おお、それでも演奏は途切れない。どうなってんだ。ん? カーテンの向こうで横になってるような・・・?
「どうなっちゃったんスか?」
「うーん、よくわかんないんだけど」
「いなくなるとこじゃないよね」
「メンバー紹介の途中だったもんなあ」
あちこちざわついてる。やっぱなんか事態が変なんだ。あ、プリンスが戻ってきた。腕挙げて、ぐるぐる回してんな。そのままリズム回しがホーン・セッションに戻って・・・なんだ? なんとかまとめようとしてんのか? おお、プリンスが急にリード取り出したぞ。あいつ大活躍じゃねえか。こ、これは、そのままエンディングのパターンか? ・・・。お、おお、終わっちまった。
「なんだったんだあ?」
「あ、ちょっと待って。なんか言ってる。・・・イマージェンシィ? 急病かなんかか?」
「アート・ブレイキーすか?」
「そうだろ」
「はあ・・・? まじかよ」
「そのまんま、医者いっちまったみてえだな」
「まいったなあ。大丈夫なんか、あのじいさん?」
「なんか・・・、オレたち、とんでもない舞台を見たかもしんない」
・・・
To be continue →
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