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到着 − 1989.12.24(Newyork)−



 なんだ、ニューヨークの空港だっていうからどんなにすごいんだろうと思ったら、たいしたことない。本当に国際空港かここ? 福岡空港に毛が生えたようなもんだぞ。あ、福岡ってうちのばあちゃんが住んでんのね。


 うわっ、寒いじゃない。思いきり西日浴びてるのに風が冷たい。うーん、ニューヨークの冬は厳しいって聞いてたけど、ホントだな。おお、イエローキャブだ。


「おい、バリ。あれタクシー乗り場じゃねえか?」

「そうっスね。なんか恐そ」

「黒人ばっかな」




 黒いなぁー。色黒なんてもんじゃねえぞ、あれは。あんなん乗ったら、どこ連れてかれるかわかったもんじゃない。おいおい、こっち見て笑ってるよ。ふざけやがって。日本人なめんじゃないよ。侍しってっか、サムライ。え? 何だって? 何言ってっか、よくわかんねえな。いや、こんなとこでわかんない顔しちゃいけない。毅然としてなきゃ、毅然と。ええい、なんでもいいや、頷いとけ。どうせ乗るのかとか聞いてんだろ。

「イヤ」

 あ、なに、どうすんの、オレのバック。ちょっと、あんた・・・、あ、トランクに積んでくれるのね。なにかと思ったじゃない、いきなりヒトのバック取り上げるから。そうだよな、いくらニューヨークったって、ここはタクシー乗り場なんだもん。それにしても、でけえおっさんだな。おっ、そうだ、行き先言わなきゃいけない。

「バリ、ホテルの名前知ってっか?」

「ちょっと待ってください、書いてたはずですから・・・・・・・・・、あ、あったこれだ。えと、ルーズベルト・ホテルです」

「なんだそりゃ。どっかで聞いたことあんな」

「昔の大統領でしょ、アメリカの。同じ名前なんですよ、ルーズベルト・ホテルって」
「場所は?」

「えーと…マジソン、アベ? 45ティエッチ、エスティ?」

「なに?」

「いや、よくわかんないんですけど・・・」

「ああ、もうめんどくさい。アー、ドゥユノォ、ルーズベルトホテ?」

" Roosevelt? Oh I know, OK, Ride on."

 なんだ、知ってんじゃねえか。はやくそう言えよ。うぉっ。いきなりアクセルふかしたな、このやろ。もんどり返っちまった。バリと二人できれいにシンクロしたじゃねえか。ぬわんて、乱暴な運転なんだ。おんまえ、タクシーの運転手だろ。もっと乗るヒトのことを考えてだな・・・、ああ、スピード出し過ぎでしょうに。アメリカって速度制限ないんだっけ? うそだろ。ちょっと捕かまっちゃうよ、あんた・・・。

 あれ、これ高速道路か? そうだよな。周りなんにもないもんな。なんだ、あの空港とんでもない山の中にあったんだ。成田みたいなもんか。それにしても、変…そうか、アメリカって自動車、右側走るんだっけ。これも妙な感じだな。対抗車があっち側から来るんだもんな。てことは、右折が近くて、左折が遠いのか。変だよ、やっぱ。

 しっかし、なんてことない山ん中だな。えらい殺風景。たいして外国って感じしねし。これじゃ、千葉の山ん中走ってても一緒だぜ。お、道路案内は英語だ。当たり前か。それにしても英語だと格好いいよなあ。ただの案内板がやたらとおしゃれに見える。

 でも、たいした車も走ってないな。なんか古臭い車が多い。それでも格好いいんだよなあ。そうか、ナンバープレートのせいだ。『わ』とか『ね』とか書いてないもんね。なんだあれ、シビックじゃねえか。それもふたつ前のモデル。あ、アコードだ。そういえばやけにホンダの車が目につくような・・・、気のせいか?

 さっきからおっさん黙り込んじゃってんな。なんか苦手なんだよ、長距離走ってる時、タクシーの運ちゃんに黙り込まれてるのって。怒ってんじゃないかなとか考えたりして。まあ、あんまりぺらぺら喋るヒトもなんだけど。しかしあれか、英語で喋られてもよく判んないし、その方が困っちまうかもしれない。それにしても黒いな。首まで黒いもんな。なに考えてんだろ、このヒト。帰ったらなにしよう、なんて考えてんのかね。子供の教育問題で悩んでたりするん だろうか。住宅ローンで頭痛かったり・・・、しねえだろ、そんなの。

 バリは相変わらず外を眺めてる。こんな風景すぐ見飽きてしまうだろうに。辺りも薄暗くなってきたしさ。だいたいめずらしいか、こんなの。たいしてめずらしくも、

 おー、橋だ!!

 なんだっけ、これ。マンハッタン島に入る橋だろ。てことは、あれか、あの向こうが、ニューヨークか! 光ってるよ、おい。輝いてるよ、おい。いやあ、来たね、とうとう来たね、来てしまったのね、こんなとこまで。

 ああ、思えば長い道のりだった。耐え堅きを耐え忍び堅きを忍び。電車に乗り、バスに乗り、飛行機乗って、映画見て。そんなことの数々が、すべてのこの時のためにあったのね。おお、憧れのこの土地に、我はいま踏みしめん、この足で。ああ、遠くきらめく輝きは、あれこそ、えんぱいやぁーすてーとぶぃるの、その眺め・・・、あれ?

 なんか変だな。橋渡っちゃったらなんてことないぞ。なんだよ。いつのまにか、こちとら文語調になっちまったっていうのに。なんだか閑散としちまってんな、この辺。建物はごちゃごちゃしているのに、やけに静かだ。活気の欠けらもない。どの辺なんだ、ここは? なんかきったねえビルばっかで。裏通りなのかね。たいしてぱっとしねえぞ、チクショウ。

 これ、ニューヨークか? あのアメリカの大都市か?

 え? あ、着いたの。これ、ホテル? はん、ぱっとしねえな。料金いくらだ? 二十六? やっぱこれチップいるんだろ。そんじゃ、おら三十ドル。これでいいだろ。うん、うん、ノーリターン。オーケー、OK。おお、喜んでるよ、おっさん。ああ、こういうのは気持ちいいやね。



 寒いぞ。

 なんだって、こんなに寒いんだ。おい、バリ、とっとと中に入ろうぜ。おら、だからそんなにでっけえ荷物持ってくんじゃねえって言ったろ。あ、ああ、さんきゅう、サンキュー。ドアマンか。格好いいよなぁ。緑のロング・コートなんて着ちゃって。軍隊みたいな帽子被ってら。なんか八甲田山みたいだな、あんた。どうでもいいけど、でかいねまた。一日中立ってんだろうな、やっぱ。はあ、たいへんすね。そうですよね、仕事ですもんね・・・、なんて会話簡単にできないもんかな。

 はん。外見もなんだけど、中もこざっぱりしてんな、このホテル。けっこう古いんじゃねえか、ここ。はれ、こんなとこにもクリスマス・ツリーがあるよ。そうだ、忘れてた。まだイブだったんだ。何なんだ、あの下にごろごろしてる箱は。クリスマス・プレゼントかね? あー、ツアー客だな、あいつら。たむろしちゃって、あそこだけ日本だよ。邪魔臭いなあ。いいから大人しくしてろよ、保護者必要なんだから。

 よし、チェック・インするぞ、チェック・イン。ここに並ぶんだな。あんなとこでボーッとしてたら、あいつらと一緒にされちまいそうだもんな。違うだよ、オレたちは。


「バリ、予約は坂井の名前でやってんのか?」

「いや、あいつらは先に来てますから。オレらの部屋は、小森さんで予約してるはずですよ」

「オレらって、オレとおまえで相部屋なの?」

「そうっスよ。そんな、ヤな顔しないでくださいよ。よろしくお願いしますって」

「いいけどさあ・・・おまえ、いびきとか、かかないだろうな。こう見えても神経質なんだよ、オレなんか」

「大丈夫っスよ。歯ぎしりくらいだって、前の彼女が言ってました」

「おまえ・・・、それでふられたんじゃないの?」


 オレの名前で予約してるってことは、オレがチェック・インしなきゃいけないんだろう。待てよ、なんて言えばいいんだこの場合。予約してました小森といいますが、なんて英語でどういうんだろ?

 予約はリザベーションだっけ? 小森はコモリだよな。そりゃどこ行ったって同じだろ。いちいち変わってたら、たまんねえよ。うん、韓国人が名前を日本語読みするなって気持ちわかる。オレだって中国行って「ショウシン」なんて読まれた日にゃ何がなんだかわかんないもん。で、何ていえばいいんだ? あら、もう順番来ちゃったよ。ええい、なんとかなるわ。

「あー、マイネイム、イズ、コモーリ」

 うん、うん、なに言ってっかよくわかんねえけど、予約してっかとか何とか言ってんだろ。頷いときゃいいんだ、こんなもん。え? パスポート? あ、疑ってやがんな、このヤロ。いい度胸だ。おら、これだ。恐れ入ったか。あ? カードかキャッシュ? なんだ? 払いのことか? 宿代は先に払ってあんだろ?

 ま、いいか。じゃ、カード、カード。せっかく持ってるんだからカード。え? あービザ、VISA。ほら、これ。そうそう。ほら、ちゃんと鍵が出てくるじゃない。なんとかなるもんだね、やっぱ。人間やってることはそうそう変わんないって。へぇ、カード式なんだ。なんかこんなとこだけ近代的になってんな。サンキュ、サンキュ。え? 何これ? メッセージ? ああ、坂井からか。あー、びっくりした。いきなり呼び止めるから、なにかと思った。なに なに・・・、


『遠路はるばるお疲れさまでした。
 午後七時、聖パトリック教会の前でお待ちしてます。
                  by サカイ』


 はん、気がきいてんじゃない。ホント、はるばるだったよ、お疲れだよ。教会の前だって? なんだ、クリスマスだからってか。まあ、気取っちゃって、この仏教徒が。

 よし、終わった。バリ、とりあえず部屋行くぞ。この番号からすっと七階だろ。おー、ドアボーイがすっとんで来る。なんだかね、偉くなっちゃった気分だね。ああ、やっぱり世の中お金だね、お金。金さえあれば、ある程度いい気分で生きられるんだよね。このボーイさんはプエルトリカンか? そんなに黒くないもんな。いい色に焼けてますねぇくらいだ。やっぱ緑なのね、制服は。狭いエレベーターだな。五、六人乗ったら一杯だろ。

 う、暗い。ドアが閉まったら、暗い。当たり前かエレベーターなんだから。しかし蛍光灯じゃないのって、こんなに暗いもんかな。なんだな、こんなところでナイフ出されたら、なんにも抵抗できないな。はい、ご免なさいって謝っちゃうしかない。どうか命だけはお助けくださいって、泣きつくしかねえぞ。あれ? いま笑わなかったか、このボーイ。いま、ニヤッてしなかったか? あ、こいつ、ナイフ持ってんじゃねえか? いきなり振り向いて、突き出すんじゃねえの。え、やめてくれよ。いくら日本人だからって、貧乏なんだよオレなんて。ただの貧乏なサラリーマンなんだ。た、たのむ、たのむから・・・。

 なんだ、もう着いたの。つまんねえの。ふん、このフロアか。花なんか置いてやんの。あら、ドアばっかだね。そうだよな、ホテルだもんな。静かなもんだ。

 あ、ここ? ここにカード差し込むのね。あー、開いた。そりゃ開くわな。そういうもんなんだから。サンキュ。そうだ、チップやんなきゃな。おーウェイト、ウェイト。まー、知んないふりしちゃって。わかってるって。はい、これ。あ、もう一枚つけちゃお。うん、いいねぇ、その笑顔。



「意外に広いじゃないですか」

「ホントだな。これでツインか?」

「やっぱ、アメリカ人でかいですから」

「このベットなんてセミ・ダブルくらいあるぜ」

「やっぱ、アメリカ人でかいですから」

「うわー、これユニット・バスかよ。寝そべるくらいでかいぞ、この風呂」

「やっぱ、アメリカ人でかいですから」

「それにしても、寒いんじゃねえか、こんなに広くちゃ。ヒーターどこだ、ヒーター。あ、これか。でけえな、これも」

「やっぱ、アメリカ人・・・」

「もう、いいっつうの!」


 それにしちゃ、窓は小振りだぜ。この窓なんて、うっ、オウッ、開かん。なんじゃこれ、建て付け悪いんか。ま、冬だからいいようなもんの・・・、うわっ、いきなり開いた。ひゃー。


「小森さーん、寒いっすー」

「あー、わかってるって。いきなり開くんだもん、これ。お、おぅ、今度は閉まらん」

「何やってんすか、ひとりで」

「ひとりでじゃねえよ。おまえ、ちょっと手伝え。おう、そこ持ってろ。おりゃ・・・。はあ、やっと閉まった」

「けっこう古いみたいっすね。このホテル」

「ていうか、かなり、古いんじゃねえか・・・」


 外の景色もあんまりぱっとしないな。たいして車も通らないから、静かなもんだ。ホテルはニューヨークのど真ん中ですよ、なんて坂井が自慢してたけど、ホントにど真ん中なのかここ? 確かに建物は入り組んでるみたいだけど。


「どっちがいいっスか、ベット?」

「ん? ああ、どっちでもいいよ、そんなの」

「そっスか。それじゃ、オレ、こっちでいいっス?」

「うん。それより、おまえ。あの聖なんとか教会って場所わかる?」

「あー、まかせといてくださいよ。確か、この辺りに・・・あ、あった」

「『地球の歩き方』? かあ、おまえ、よく恥ずかしくないね、こういうの買って。こういうの見ないところが、旅の醍醐味だろうに」

「とかいって、教会の場所もわかんないんでしょ?」

「そ、そうなんですけどね」

「あ、これですね。すぐ近くですよ、これ。ほら、ここがホテルでしょ、それで、これが聖パトリック教会」

「なんだ、ホントに近いな。歩いていけるじゃん、これなら。へえ、こうして見ると、ホントに、このホテルど真ん中なのか。あ、これブロードウェイだ。はあ、わかった。こっちが賑やかな通りで、このホテルは、反対側になるんだ」

「どうします? まだ一時間くらいありますけど」

「そうだな。早めに出かけて、ブロードウェイの辺りぶらぶらしてみようか。おもしろそうじゃん」

「そうっすね。うん、行きましょ」

 お、いいねえ、この腰の軽さ。やっぱ、旅はこうでなきゃ。


 ・・・


 腰が軽いのはよかったんだけど・・・。おかしいな。なんか、全然賑やかにならん。通りひとつ入るだけだったはずなんだけど、こんなに歩くのか。方角間違えたかな。

「なんか、違うような気がするんすけど」

「やっぱ、あんたもそう思う?」

 そうだよな、なんか違うよ。しっかし、迷うかね、あんな近くで。あれ、でもあの地図、サイズどれくらいなんだろ。思いっ切り縮小版だったりして。えー、でもな、ホテルの場所ちゃんと出てたしな。あれ、うちのホテルだよな。あ、違ったらどうしよ。そりゃあんた、スタートからして間違ってるってことじゃねえか。うそだろ、ルーズベルトなんてよくある名前なのかな。え? もしかしてチェーン店だったりして。うそ、吉野屋みたいなもん? それじゃ、なんも目印にならんやんけ。

 ええい、面倒臭い。聞いてみよう。こういう時はとっとと聞くに限るって。聞くは一時の恥ってね。だいたい聞いてみたら、すぐ側だったってことけっこう有るんだから。ええと、適当なのいねえかな。お、あれでいいや。なんか親切そうな老夫婦じゃん。あーと・・・。


「エクスキューズミィ?」

 そうそう、あんたらあんたら。ああ、そんな恐がった顔しなくてもいいから。

「あー、アイロストウェー(道に迷いましたわ)ウエアザブロードウェ?(ブロードウェイはどこざんしょ? のつもりだけど、いいのかな?)」

" …Broad-way? "

 お、通じてんじゃん。そう、ブロードウェイよ。あれ、なんか二人で相談してんぞ。近くじゃないの。え、バス?

「小森さん、何ですって?」

「いや、よくわかんないけど、バス乗れとかなんとか」

「バス? そんな遠いんすか?」


 そうだよな。あ、あら、あっちの方行っちゃったよ。え? こっちこいって。うーん、親切そうだけど。あってんのか、あの人たち。ええい、しょうがない、行ってみっか。なんだ、番号書いた看板立ってんね。ここから、バス出るんすか? あ、こりゃどうも、ご親切に。ハハ。とりあえず笑っとかないと。親切だよな、ここまで連れてきてくれるんだから。合ってかどうかはともかく。えっ、バス来ちゃったよ。

「あれに乗るっすか?」

「しょうがねえだろ、乗れってるんだから。ハハ、サンキュ、サンキュ」

 すいませんね。こんなとこまで付き合ってもらっちゃって。あ、どうも。手なんか振ってくれちゃって。いい人たちなんだな、ホントに。ああ、それにしても乗っちゃったよ。どうすりゃいいんだ、これ。しゃあねえ、運ちゃんに聞いてみっか。

「あー、ウィワナゴーツゥブロードウェイ、オーケ?(ブロードウェイいきたいんすけど、いいんすか? ・・・文法むちゃくちゃだろな)」

" OK,Insert token,here. "

 へえ、いいんだ、このバスで。疑っちゃって悪いことしたな。トークン? なんだそりゃ。そんなもん持ってないよ。ほら、これしかない、これ。え? あ、これでもいいの。へぇ、そんじゃ二人分。うん、ツゥ。

「なんですって?」

「なんか、1ドル均一みたいだぜ。ああ、清算後でいいよ。それより、おまえトークンって知ってっか?」

「あれでしょ。地下鉄乗る時に使うとかいうメダル」

「へえ、そうなんだ。よく知ってんな」

「ちゃんと『地球の歩き方』に出てますもん。それにしても、すごい展開ですよね。いきなり、バスに乗るなんて」

「ま、旅の醍醐味やね」

「大丈夫なんスかね、これ?」

「さあ・・・」



 どうでもいいけど、けっこう走ってんな。なんか不安になってきたぞ。あのぅ、だんだん静かな通りになってるような気がするんですけど。ホントにブロードウェイにむかってます? でもなあ、運ちゃんまでそうだっていったし。たしかにブロードウェイって言ったよな・・・、あ、待てよ。もしかして、オレの発音ちがってたりして。あ、ありえる。

 そういえば昔マックでバイトしてた時、でっけえ黒人が入ってきて『ホッ、コォー』ていうから、てっきりホット・コーヒーだと思って出したら、えらい剣幕でヌォーとか叫びやがって(NOだったんだろう)、指四本突き出すから、なんだ四杯かと思って、それも出したら、それこそヌォーで、なんなんだ、こいつはと思ったら、なんだか一生懸命商品表指すから、こっちも、それこそ目の検査でもやってるみたいに順番に指していってやったら、やっとわかったのは、コォーがコークだったってことだった。

 そうだよ、有るよ。でも、ブロードウェイなんてどう聞き違うんだ。ブロドウエ?・・・ボウドエ?・・・ボウデ?・・・ボディ! なんだよ、ボディって。ストリップ小屋か。

 あ、運ちゃんがなんか言ってる。え、ここ? ここで降りろって? へぇ、ちゃんと覚えてくれてたんだ。いい奴じゃん。誰だよ、ニューヨークは恐いって言ったのは。いいや、とにかく降りよう。


「おい、バリ、降りるぞ。あ、サンキュ、サンキュね」

 はー、バス行っちゃった。

「ホントにここでいいんスか?」

「うーん・・・」


 確かに殺風景だ。真っ暗だ。ブロードウェイなのか、ボディなのか・・・、だから、ボディってどこなんだっつうの。

「わからん。ちょっと歩いてみっか、近くかもしんないし」

「どっち行きます?」

 うっ、きついところを突きやがる。確かにどっち行っても同じような・・・。

「ええい。こっちだ」

「何でですか?」

「カンだ、カン。それしかねえだろ。とにかくどっちかに踏み出さない限り、なにも始まらないんだから」


 ・・・・・・・・・・・・・・・





 ・・・・・・・・・・・・・・・


 ・・・カン、悪いんだよな、オレ。なんか雰囲気、全然変わんないし。というよりもっと寂しくなってきた感じがするんだけど・・・、気のせいか、いや、違う・・・。

 商店街ではあるようなんだけどな。ほとんど店閉まっちゃってるし。さっきから人も見かけないし。あ、あれ人か。通りの向こうじゃよく見えないな。あら、外人だ。そうだよな、ここニューヨークなんだもん。あ?

「バリ、やっぱ合ってるみたい」

「え? どうしたんスか?」

「ほら、あの上。通りの名前だろ、あれ。"BroadWay" て書いてある」

「あ、ホントだ。なんだ、やっぱ合ってたんすか。あー、安心した」

「うん。でも、ブロードウェイって・・・、静かなのね」

「外れの方なんじゃないっすか?」

「そうだなあ・・・。もうちょっと行ってみっか」


 ・・・・・・・・・・・・・・・


「やっぱ、変だよ。静かすぎねえか?」

「わかりましたよ。これは、きっとクリスマスだからでしょ」

「は?」

「ほら、日本なんかだと街の中賑やかですけどね、こっちの方じゃ、クリスマスは家庭で祝うもんだから。それで街は静かなんですよ」

「ふーん・・・。うん、それは一理あるな」

「ね、これが本当のクリスマスなんでしょ。静かなもんじゃないですか」

「本当のクリスマスねえ・・・。あんま、ぱっとしねえな」


 ・・・・・・・・・・・・・・・


「なあ、もうどれくらい歩いた?」

「さぁ・・・。あら、もう七時過ぎてる。こりゃ、けっこう歩いてますね」

「そうだろ? それにしても、さっきより静かになってきたような気がすんだけど」

「そうっすねえ」

「教会なんてどこにもないしなあ。あ、そういえばあの教会。ちょっと外れてなかったっけ?」

「ええ、ブロードウェイ沿いじゃなかったっすよ」

「そっか。そんじゃ、あっちの方、行ってみる?」


 ・・・・・・・・・・・・・・・


 なんか・・・、なんかな。おお、人が来る。久しぶりじゃねえか。ちょっと疲れたカップルって感じだけど。いいや、聞いてみよ、聞いてみよ。

" Execuse me ・・・ "

 ありゃ、向こうから話しかけられてしまった。

「はぁ?」

" Sorry, Where ・・・ subway station ? "

 地下鉄の駅? これ、もしかして道聞かれてんの? なんだ、やけに聞き取り易いと思ったら、この人たちアメリカ人じゃないのか。ありゃま、道聞かれちゃったよ。ニューヨークで道聞かれるなんて、オレも偉くなったもんだ。

「ソォリィ、アイドンノォ(わっかりませんわ)」

 すんませんね。いや、実はこっちだってね・・・、ついでに聞いてみっか。

「バイザウェ(ところで)、ドゥユノォ、セントパトリッチャチ?(聖パトリック教会なんて知ってますかぁ?)」

" Oh, sorry, HO,HO,HO ・・・ "

 そうだよね、知るわけないよな。ああ、暗いところで道聞き合ってる異国の観光客同志か。そりゃ、お互い手ぇ挙げて笑うしかないわ。あ、そっち行きます? あ、それじゃ、オレらこっち行きますんで・・・、

" Hey, Good luck! "

「おー、サンキュ。ユウツゥ」

「何だったんスか?」

「うーん、道聞かれたから、道聞いてやった」

「は? 何スか、それ?」

「ねえ・・・」




 それにしても、すっかり静かになっちまって。やっぱ、なんか違うよなぁ。あら、また広い通りに出た。こっちかなぁ。だんだんはまっていくような気がするな。もしかしてここは、後戻りする勇気が必要なんではあるまいか?

「あの、でっかいビルなんスかね?」

「はあ、でかいな。待てよ、なんか書いてある・・・ " World Trade Center " ?」

「どこなんでしょ、いったい?」

「わからん。でも・・・、ち、ちょっと戻ってみよっか?」


 ああ、ホントにもうどこだかわからん。なんでまたこんなことになっちまったんだろ。もう、教会なんかどうでもいいや。ホテルどこだ、ホテル。





「疲れましたねえ、いい加減・・・」

「腹、減ったよな」

「相変わらず、なんにもないですねぇ」

「ああ・・・、やっぱ、クリスマスは賑やかなのもいいんじゃない?」

「もう・・・、何でもいいっス」

「そうだ、バリ! ・・・タクシー拾お」





 はあ、やっと落ち着いたか。タクシー拾って正解だったな。やっぱ、あそこで引き返しといてよかったんだ。最後に方角は、当たったみたいだし。それにしても、こんなに離れてるとは思わなかったな。けっこう走ってるぜ、これ。あら、だんだん明るくなってきた。あ、着いたの? ホントだ、ホテルだ。ああ、やっと戻れたあ。

「メシ、どうします?」

「なんか捜してみっか、道に迷わない程度に」


 なんだ、こっちの方は、それなりに人通りがあるじゃねえか。よっぽどとんでもないとこ歩いてたんだな、オレたちは。まだ明るいし。街灯のせいか。はん、オレンジ色だ。あれなんだろ? 行ってみっか。

「なんだか、スーパーらしいっすね」

「うーん・・・、スーパーていうか、コンビニていうか、雑貨屋ていうか、なんでもありな」

 しかしなんだな、こういうとこで買い物してるだけでも格好よく感じるな。場所のせいだろうか。へえ、こんなとこにお惣菜売ってら。フォルクスのサラダコーナーみたい。けっこういろいろ有るな。そうか、このビニール・パックに好きな物詰め込んでいくのか。

「これでいいじゃん。これ買っていって部屋で食べよ。安上がりだし」

「はあ・・・」

「なんだ、いやか?」

「いや、いいんですけどね。なーんか、いきなり『生活』しちゃってません?」

「まあ、いいんじゃない?」


 しっかし、種類豊富だよなぁ。焼き飯はあるは、生野菜はあるは、肉もいろいろあるし。バイキングみてえだ。またでかいね、どれもこれも。それにこのパック、けっこう量入るぜ。さっすがアメリカだ、ケチ臭くないや。

「あ、チキン買っとこうぜ、チキン」

「え? どうしたんスか、いきなり」

「バッカ、おまえ、今日はクリスマスイブだろ?」


 ・・・


「はぁ、もういいや。食い過ぎたぁ」

「ちょっと、買い過ぎたんじゃないっスか」

「ああ、あんまりいろいろあるから目移りしちゃったもんな。でも、これで一人千円もしないなんて、安いよ。ビールまで買えたし」

「やっぱ、物価安いんですかね?」

「さぁ、どうだろ。日本でもスーパーで買えばこれぐらいかもしんないけど。あ、でも、ビールは絶対安いな」

「この米はまずいっすよね。ぱさぱさだし」

「インディカ米だろ? そうかあ? オレ、そんなにまずくなかったけど」

「いや、それにしても、初日からすごい展開っすよ」

「なかなか素敵なクリスマスじゃない。あ、地図見せろよ。さっきどこ歩いてたか調べてみよ。ワールドトレードセンターなんて出てるのかな。えーと・・・、あ、あった・・・アン?」

「どうしました?」

「なんか、オレたち、マンハッタン半分歩いてたみたい・・・」

 ん、ノック? 何だろ、今時分。ルームサービスなんて頼んでないぞ。

「おお、サカイー」

「あ、いた。よかったあ、待ってたんですよ。メッセージ貰いませんでした?」

「ワリィ。いやあ、話せば長いんだけどさぁ」

「場所、わかんなかったんですか?」

「あら、あっさり。ま、そんなようなもんだけど。いや、そうはいってもおまえ、そこには、いろいろなドラマがだね・・・、あ、中道は?」

「まだ教会の前で待ってるんですよ。すぐ行けます?」

「あ、行きます行きます。・・・あのさ、バス乗んなくてもいいよね?」




 ・・・




 なんだ、ホントにすぐそばじゃねえか。それに、こっちには人がけっこういるじゃない。あれが教会かよ。想像してたより、よっぽど大きいな。公会堂みたいだ。前がだだっ広い階段になってやんの。なんだか上から見下されてる感じだよ。ほら、ホントのクリスマスはここでやってんだぞって。あんなとこに中道が座ってる。手持ち無沙汰って顔に書いてあら。

「おー、ご苦労。悪かったねえ」

「いやあ、待ちわびましたよお。どこ行ってたんすか」

「ま、いろいろ冒険しててね。あー、やっとこれで四人揃ったか」

「ロックフェラーとか、もう見ました?」

「ん? なにそれ?」

「えー、知らないんすか? だめっすよ。あれ、見とかないと。せっかくイブに来たんですから。さ、行きましょ。実は、オレらもまだちゃんと見てないんすよ。ほら、あっちっす」

 へえ、こいつら二、三日早く来ただけで、いっぱしのニューヨーク通みたいになってやがんな。ま、よかった。案内人がいると手間が省ける。やっぱ、こいつら先にやっといて正解だった。道間違わないですいすい行くもんな。でも、こいつら外人に道聞かれたことあっかな。おお、なんか、だんだん人が増えてきた。あそこすごいな。な、なんだ?

「バ、バリ・・・、クリスマス、ちゃんとあるじゃねえか」

「ありましたねえ・・・」

 なんて、でかいクリスマス・ツリーなんだ。ビルの狭間から、いきなり現れやがった。

「どうです? あれが、ロックフェラーセンターっス」

「あの、でっかいツリーのこと?」

「やだなぁ、ロックフェラーはあのビルの名前っスよ」

「あ、そうなの・・・」


 ふーん。あれ? どこぞの金持ちの名前じゃなかったっけ。どっかで聞いたことがあるような。ま、いっか、そんなこと。

 しかし、すごいよなあ。きらきらしてるじゃねえか。街中のクリスマスがここに全部集まってるみたいだ。並木道っていうのかな。ずっと続いてて。いや、木がないのに並木は変か。あれは・・・、羽があって、ラッパ持ってて、あ、エンジェルの形してるのか。それじゃ、並エンジュル道だ。

 凝ってんなぁ、これ。針金で作ってあるのか。でかいよな。子供くらいの身長あるぞ。ああ、回りに豆球ついてんだ。それできらきらしてんのか。しっかし、よくもこんなに一杯作ったね。あれ、全部おんなじ形してんのかよ。あ、右と左じゃ違うわ。ラッパが内側向くようになってんだ。はぁ、おっしゃれー。

 よく見たら、ツリーまでけっこう距離あるよな。てことは、あのツリーそうとうでかいんだ。ビルに囲まれてるから、よくわかんなかったけど。あれ全部光ってるんだろ。ええー、いったい電気代いくらかかるんだ?

「さ、写真取りましょ。写真」

「あれ、カメラ持ってんの?」

「当ったり前じゃないっすか。基本っすよ、基本」

「なんかやだなぁ、観光客みたいで」

「へ? なに言ってんすか。観光客でしょ」

「そ、それは、そうなんですけどね」

「いいから、いいから。はい、そこ並んで、ニッコリ笑って・・・」




「せっかくだから、ツリーの下まで行ってみましょ」

「ああ、そうだな」

 しかし、どれぐらいでかいんだろ、あれ。あ、すいません。ツリーばっか見て歩いてたら肩ぶつかっちまった。あらま、あっちこっちで写真取ってやがる。なんだかなあ、外人もやること変わんないな。まあ、そのエンジェルは取りたくなるよね。ホント、よくこんなに作ったよ、こんなの。あっ、あれ手ぇ抜いてんな。それにしても、クリスマス終わったらどうすんだ、これ。取っぱらっちゃうのかな。いや、もったいないよ。一年中このまんまなんじゃねえか? あのツリーだって動かしようないだろうし。それじゃ、明かりどうすんだろ。年中つけてねえよな? つけてたりして・・・、げ、電気代いくらかかるんだ、いったい・・・。

 やっと近くまで来た。こ、これはホントにでかいぞ。

「これ地下から生えてんすね」

「あ、ほんとだ。下はスケートリンクになってら。はあ、滑ってるよ、こんな時間に」

「気持ちよさそうだなあ」



「あっ、あんなところにサンタ・クロースが・・・」

「え? おお、本物だ」

「写真、写真・・・」

 やっぱ、外人がこの格好してると本物だよなあ。この人、けっこうでかいしねえ。さっきからあっちこっちで囲まれちゃって、人気者だねえ。

 うん、うん、気持ちはわからんでもないよ。サンタさんは誰でも好きなんだから。あ、いいっすか、写真。それじゃ、握手、握手。あら、この手袋、軍手だ。二枚重ねにしてあらあ。あ、はい、ピース・・・。


 ・・・・・・・・・



「しっかし、激しい一日でしたねえ」

「ああ、初日からこれだもんなあ」

「やっとイブが終わりますよ」

「36時間のクリスマス・イブね」

「時差大丈夫っすか?」

「ああ、オレ、飛行機の中でもほとんど寝てないから。おまえは? けっこう寝てたろが」

「あれだけ歩けば、簡単に寝れますよ」

「そうだろな。んじゃ、おやすみ」

「おやすみなさい・・・」



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