蒸気機関車の軸配置
総論
蒸気機関車の性能は動軸の数で大きく左右される。
そこで、動軸とその前後の車軸の数の組み合わせを軸配置と呼ぶ。
(多様な軸配置が生じた理由についてはここを参照のこと。)
日本では、動軸数をアルファベット順の英字1文字で示し、その左側に先輪の軸数を、
右側を従輪の軸数を、それぞれを数字で示したもので挟む記法(ここでは軸数式
と呼ぶことにする。例:2C1)を採ることが多い。
しかし、先輪数-動輪数-従輪数をそれぞれ数字で示してハイフンでつなぐ記法
(ここでは輪数式と呼ぶことにする。輪数なので数値は全て偶数になる。例:4-4-0)、
軸配置ごとに固有名を付ける記法(米国式。例:パシフィック)などがある。
なお、大半の機関車は動軸が1組だが、2組以上ある場合は、それぞれについて
独立に動軸を数える。この場合、英字が複数(間に+や−を入れることもある)に
なったり、ハイフンでの区切りが4つ以上になる。
なにをもって1組と数えるかは異論がある可能性があるが、
台車・台枠として独立して曲線追従するかどうかで分ける場合と、
走り装置(シリンダーからつながったロッド類の総称)を単位として
分ける場合とが考えられる。
前者と後者は一致しているのが普通であるが、希に、同一台枠に2組以上の走り装置を
搭載している機種が世界的には存在する。
台枠と独立して曲線追従できる機関車を一般に関節型機関車と総称する。
ボイラー(主台枠)と走り装置とのつながり具合によっていくつもの方式が
考案・実用化された。これについては、該当する節を
参照のこと。
軸数式・輪数式とも、テンダ式機関車では機関車本体の車軸しか数えず、炭水車の
台車は含めない。ただし、ガーラット式やトリプレックスのように炭水車にも
走り装置が取り付けられている場合は、ここまで含めて表記するようである。
このような方式の機関車の場合、どこまでを機関車本体と考えるかには
異論があろう。
固有名式では、同じ軸配置となっても、テンダ式とタンク式とでは
別の名称で呼ぶ。
軸配置表現
ここでは固有名があるもののみを示す。
固有名は基本的に米国で最初にその軸配置を採用した機関車の使用地区や
鉄道名にちなんで付けられている。
動軸しかないものには軸配置の固有名がないようである。
日本関連の鉄道では、朝鮮総督府鉄道や南満州鉄道の機関車の形式名として利用された。
軸配置 | 軸数式 | 輪数式 | 固有名式 | 固有名式の語源
|
---|
| 2B | 4-4-0 | アメリカンAmerican | 米国で
発明された配置
|
| 2B1 | 4-4-2 | アトランティックAtlantic | 米国大西洋沿岸の鉄道会社で多数使用したため
|
| 1C | 2-6-0 | モーガル | ムガール帝国人から転じて立役者?
|
| 1C1 | 2-6-2 | プレーリーPrairie | 大平原
|
| 2C | 4-6-0 | テンホイーラーten-wheeler | 車輪が10
|
| 2C1 | 4-6-2 | パシフィックPacific |
太平洋の彼方であるニュージーランド国鉄から発注したため
|
| 2C2 | 4-6-4 | ハドソンHudson | ハドソン川沿岸の
ニューヨークセントラル鉄道が最初に発注したため
|
| 1D | 2-8-0 | コンソリデーションConsolidation | 最初の発注元である
米国リーバイバレー鉄道が当時周囲の中小私鉄を統合した頃だったため
|
| 1D1 | 2-8-2 | ミカドMikado | 帝が統治する
日本の日本鉄道から最初に発注したため
|
| 1D2 | 2-8-4 | バークシャーBerkshire |
|
| 2D1 | 4-8-2 | マウンテンMountain | ロッキー
山脈越えとして
|
| 2D2 | 4-8-4 | ナイアガラNiagara/ノーザンNorthern | 初期に採用したニューヨークセントラル鉄道の沿線の地名から
/15年早く採用したグレートノーザン鉄道の名称から
|
| 1E | 2-10-0 | デカポットDecapod | イカなど
十脚類の意味
|
| 1E1 | 2-10-2 | サンタフェSantaFe |
|
| 1E2 | 2-10-4 | テキサスTexas |
|
| 2F1 | 4-12-2 | ユニオンパシフィックUnionPacific | この軸配置である唯一の車両を持つ鉄道会社名から
|
関節型機関車
走り装置を複数持ち、互いに独立に曲線追従できる機関車を関節型機関車と呼ぶ。
ボイラーとの関係を含めていくつかの方式が実用化されている。
これは、単一の走り装置が1本の連結棒side lodで繋がれているために、
動輪数が多くなると急曲線通過が不可能となり、(同じ地形でなら建設費が
軽減できる)急曲線がある急勾配路線では1両の機関車では運行不可能になる
ためである。
1組のシリンダーで使用された蒸気を別の組のシリンダーで再利用する複式と、
全てのシリンダーに直接ボイラーからの蒸気が供給される単式とがある。
これまでに実用化された関節型機関車は以下の通り。
方式名は何れも考案者の名前による。
ただし、ここでは1つの走り装置の動軸数を3とし動軸のみを図示しているが、
先輪・従輪があったり、動軸数が異なるものも同じである。
図(淡青:主台枠固定、水色:独立台車) | 方式名
|
---|
| マレー
|
| ガラット
|
1動軸機関車(シングルドライバー)
シングルドライバー(動軸が1の機関車)には、軸配置の固有名がなかったようだが、
代表的なものとして以下のものがある。ここでは固有名として、その軸配置を
採用している機関車の型名(正規の形式名ではない)をあげる
軸配置 | 軸数式 | 輪数式 | 採用した機関車名
|
---|
| A1 | 0-2-2 | ロケット号
|
| 1A | 2-2-0 | プラネット型
|
| 1A1 | 2-2-2 | パテンティ型
|
| 2A | 4-2-0 | ノリス型
|
蒸気機関車の車輪の役割
蒸気機関車が多様な軸配置を持つに至った経緯は、多分に
開発当時の技術水準・鉄道網の広がり・交通需要との関連がある。
キーワードだけを並べると以下のようになる。
最初の実用蒸気機関車、ロコモーション号は、軸配置Bすなわち0-4-0であったから、
ここからの違いとして示す。
軸配置の進歩 | 直接理由 | 背景となる技術水準
|
---|
2動軸 | 軸数の最低値は2 | 小さな粘着係数に対する安全策
|
シングルドライバー | 保守・速度向上 | クランク部の製造精度が不十分
|
先輪の発明 | 速度向上 | 低精度の軌道に追従する
|
動輪径の拡大 | 速度向上 | 大型機械加工の精度向上
|
動軸数の増加 | 牽引力の増加 | クランク軸製造精度の向上
|
従輪の再発明 | 火床面積の増加 | 高さを押さえて出力増強
|
関節式の発明 | 急曲線追従、動軸数増加 | 漏れにくい蒸気管の発明
|
これらの関連を文章にまとめると以下のようになろう。
- 技術発展と経済発展
-
鉄道を建設するに際しては、当然、資金が必要である。
投資した資金は回収する必要があるし、投資可能な資金の上限は、それを
支える経済力で決まってしまう。したがって、当初は最小限の資金で当面必要とされる
需要を満たすものが建設されるのが世の常である。
一般に、経済や産業は時間的に規模が大きくなるのが普通であるから、
僅かな経費で僅かな需要を満たすものが発展していって、
多くの経費を要するが大きな需要をまかなえるものへと発展していく。
一方、技術の進歩があるために、同じ経費でより大きな需要に応えることが可能となる。
多くの科学技術同様、鉄道の発展も、この2つの傾向の兼ね合いで決まっている。
- 速力と牽引力
- 交通機関の場合、基本的な能力は一度にどれだけの物資を輸送できるか(牽引力)と
どれだけの速度で輸送できるか(速力)とが2つの重要なポイントと言える。
- 軸重と粘着係数
-
鉄道網が広がると、山間部や急峻な土地に比較的廉価で鉄道を建設する
必要が出てくる。トンネルや橋梁の建設が路線建設費の中で高価で
ある場合、急曲線・急勾配を許す方が路線選定の自由度が増し、総建設費を
軽減できる。
車軸1本に加わる車両の過重を軸重と呼ぶが、これが小さいほど、
線路が支える過重限界が小さくて済み、基礎工事を安易にすますことが
できるので、建設費が廉価にできる。
-
鉄道は鉄車輪が鉄レール上を移動する。どちらも硬いために変形による
エネルギー損失が少ないため交通機関としてのエネルギー効率がよいが、
反面、両者の摩擦が小さい。
したがって、駆動輪に十分な荷重がないと滑ってしまい牽引力が得られない。
この駆動輪に加わっている荷重を軸重と呼び、駆動輪とレールとの摩擦係数を
粘着係数と呼ぶ。粘着係数は、0.1%〜 0.3%と言われている。
- 蒸気機関車の駆動法
-
蒸気機関車は蒸気ピストンの往復運動を動輪に直結したクランク軸に
よって回転運動に変えることで推進力を得る機関車である。
当時の材料技術・加工技術では、大きな過重が加わる歯車を製造することが
困難であったため、より広い面積で力を受けることが可能なロッド方式が
駆動部分として採用された。初期の電気機関車・内燃機関車がロッド式
なのも同じ理由である。
- 動輪径と速度
-
ピストンの往復運動を高速化するには、ピストン・シリンダの工作精度が
十分でないと、両者の接触を避けつつ気密性を保つことが困難である。
このため、高速化を図るには動輪径を大きくするのが得策である。
-
動輪径を大きくすると動軸位置が高くなる。ボイラーなど主要部を
動軸上に搭載すると重心が高くなり、走行安定性が悪化する。
車両限界(地上建築物と支障が生じないように定められた車両の最大サイズ)に
支障することもある。
また、動軸数が多くなり、これらが互いに固定されていると固定軸矩が
長くなり曲線・分岐通過に支障が出る。
したがって、動輪径には実用上の限界がある。
- 動輪数と牽引力
-
ピストンに加わる力が最終的には牽引力となるが、動輪とレールとの摩擦には
限界がある(かかっている重量の0.1%から0.3%程度と言われる)ため、
軸重が不十分なまま強い力を1つの動輪に加えると空転してしまう。
そこで、空転を起こさずに機関車全体として強い牽引力を得るためには、
動軸数を増やすのが得策となる。
-
最初の蒸気機関車ロコモーションは、動軸が2であった。
しかし、2軸を同じに作るだけの技術水準が無かったので、
動軸1の機関車(シングルドライバ)が作られる。
以降、必要な牽引力の増加に伴い、動軸数が増えてゆく。
しかし、固定軸のままだと急曲線や急分岐を通過できないので、
実用上の上限がある。
- 出力と火床面積、従輪
-
シングルドライバでは、車両を安定に走らせるために、最低もう1軸が必要である。
動軸の後ろに車軸が置かれた場合、これが従輪の最初の役割である。
-
シリンダに蒸気を供給するのはボイラーである。
ここでの蒸気発生量は、熱伝導が同じ効率ならば燃料の燃焼量で決まる。
蒸気機関車で燃料が焚かれる場所は火格子と呼ばれる部分である。
また、燃えている部分自体を火床がある。
空気がないと燃焼できないので火床の厚さには最適値があることになる。
したがって、燃焼量は事実上、火床あるいは火格子の面積で決まる。
そこで、蒸気機関車の基本性能を示す数値として火床面積あるいは火格子面積
が用いられる。
-
火床面積を大きくするには幅を拡げるか奥行きを拡げるかである。
人力で石炭をくべる場合、奥行きには実用上の限界がある。
幅を拡げる場合、火床が動輪の間にあると線路幅により限界がある。
これを狭火室と呼ぶ。
火床を車軸の上に置くと車両限界まで広くできる。これを広火室と呼ぶ。
大きな動輪の場合、動軸上に広火室を作ると、重心が高くなる上、火床から
火室の高さが取れないので燃焼が悪くなる。
そこで、火床を動軸がない後位置へ下げる設計が考えられるが、
動軸からずっと後ろまで伸びるとなると、その荷重を支える車軸が必要となる。
これが従輪の必要性である。
- 高速操舵性
-
急曲線が多かったり線路の建設精度が低いと、機関車の車輪は線路の曲がりによって
左右に振られることになる。このとき、軸重が大きいとフランジの損耗も大きくなる。
フランジが損耗した車輪は研削によって修正がされるが、これを行うと車輪径は
僅かながら小さくなる。蒸気機関車の場合、動軸はロッドで連結されているので
1組の走り装置に組まれた動輪は、一定の精度で同じでなければならない。
そこで、動輪のフランジ損耗が激しいと、最も激しいものに合わせて全ての動輪を
研削する必要が生じ、不経済である。
それを回避するには、動輪の前方に軸重が小さく動軸とは独立に転向可能な車軸を設置し、
これによって機関車重心に対して曲線に追従するような曲げモーメントを発生させる
ことが考えられる。この考えによって設置されたのが先輪である。
-
先輪のフランジ摩耗を最小にするためには、その車軸は動軸とは独立に
転向するものがよい。
このため、初期には、先輪を独立したボギー台車とする方法が採られた。
ボギー台車であるから、先輪は2軸となる。
一方、先輪を1軸台車とし、その転向中心を動軸群中心とうまく合わせてやれば、
先輪を1軸とすることも可能である。しかし、必要な精度を確保するのが
困難だったため、高速機では2軸先輪が最後まで採用された。
戻る