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プロローグ

 だいたいクリスマスが嫌いだったんだ。


 どうもこの時期になると焦燥感に駆られてしようがない。こればかりは、四半世紀も生きてるくせにどうしようもない。いや、この歳だから、どうしようもないのかもしれない。


 わかってる。いつからこの日が嫌いになったのかも、なぜ嫌いなのかも、そんなこと全部わかってる。誰かがこの日に特別な意味を持たせたからだ。そして、その特別な意味がオレにはいまだに関係ないものだからだ。


 バカバカしい。なんだって、この日に限って恋人のいないことを思いしらされなきゃならないんだ。だいたい、クリスマスなんてキリスト教のお祭じゃねえか。なんだってそんな日に・・・。


 ただ踊らされてるだけなんだ。恋人なんて、クリスマスのためにつくるもんじゃないんだぜ。わかってるって、そんなこと。だけど焦燥感に駆られる。情けない話だが仕方がない。

 まだ学生の頃はよかった。年末はバイトすることに決めていたから。サンタクロースの格好して、道端で鳥の唐揚げ売ってりゃよかった。

「なんだって、こんな日にオレたちはぁ〜」

 なんてバイト仲間と愚痴言いながら、でも楽しかったな。そっちの方がずっと良かった。仕事してると気が紛れるっていうのは本当だ。だから、就職したらこんなことに悩まされることもなくなると思っていた。

 ところが、そうもいかなかった。

 コンピュータのソフト会社なんて、普段はいやになるくらい忙しいくせに、なんだってオレは、クリスマスの時期に限ってヒマになっちまうんだ。

 仕事が忙しくて恋人と逢う暇もないとか、そんなこと言ってみたかったのに。ヒマになったからって、いきなり恋人が出来るわけがない。

 去年のクリスマスはどうしてたっけ?

 そうだ、土曜日だったから、同期の奴誘ってスキーに行ったんだ。

 柄にもなく軟派きめてやる!なんて思ってたんだよな。そしたら一緒に行ったのが全然スキーの出来ない奴で、それどころじゃなかった。

 まったく、アイツはどういう学生生活送ってたんだろう。そりゃ、アイツがまともに滑れたところで、軟派出来てたとは思えないよ。どうも、ああいうものには、向き不向きというものがある。少なくても、オレには向かないらしい。

 ああ、別に今更恋人なんてどうでもいいんだ。とにかく、その日に予定がないのはたまらない。

 そんなところにニューヨーク旅行の話が持ち上がった。


          &


 その話を持ちかけてきたのは坂井だった。

 学生の時やっていたバンドサークルの二つ後輩のギタリストで、今年度でめでたく大学を卒業出来るのだそうだ。同じサークルの同級生たち三人で、卒業旅行としてニューヨークへ行こうということになったらしい。

「おやおや、いいねえ、学生さんはぁ」

 そりゃ、電話口で嫌味のひとつもいいたくなるのが人情だ。しかし、坂井は意に介さす、オレにもついてこいという。

「なんだって、オレが・・・」

「だって、小森さん。オレたちだけじゃ、藤田さんの顔、わかんないでしょ?」

 同じサークルの三つ先輩に藤田さんというベーシストがいる。早稲田出て新聞社に入って、ニューヨークの派遣員になっているというとんでもない人だ。その人を訪問したいというのが坂井たちの願いだった。

 ただ、いかんせん坂井たちは藤田さんと面識がなかった。そういう訳でこっちに誘いが来たらしい。何人かの先輩たちに連絡してみて、行けそうなのはオレと、オレの同級の金井ぐらいだろうということになったらしい。

「やっぱ、クリスマス・イヴからんでますからねぇ。ほかの方々はちょっと・・・」

 その後をにごらされて少々カチンとはきたが、金井が行くというのでオレも安心していた。カノジョがいるいないうんぬんもあるが、オレだって藤田さんには二、三度しか会ったことがない。どう考えてもオレを覚えていてくれているとは思えない。その点金井ならサークルの幹事もやっていたから、藤田さんもよく知っているはずだった。

 とにかく、オレとしてはニューヨークだろうがロサンゼルスだろうが、何でもよかったんだ。

 そう、クリスマスに予定が入りさえすれば・・・。

 パスポートは卒業旅行でいったハワイの時のが残っていたし、チケットとか何とかの手配は坂井たちがやってくれた。藤田さんとの連絡も金井が取った。要するにオレは一番楽な身分だった。

 オレがしなくてはいけないことは、年末に一週間休みが取れるようにすることと、せこせこ貯めた貯金を下ろすこと、そしてトラベラーズチェックの用意をするくらいだった。

 まあ、そういう環境でもなければ、オレが海外旅行へ行くことはないだろう。なにせオレはその手の手続きを考えただけで、すぐにやる気をなくす面倒くさがり屋である。

 なんとか休みも取れて、今年のクリスマスはニューヨークだぜい、なんて周りに自慢していると、少々予定外のことが起こった。

 ひとつは坂井と中本という坂井の同級の男が先に向こうへ行ってると言い出したこと。まあ、これはいい。金さえあれば時間が有り余っているのは学生さんの特権だ。

 ただもうひとつにはオレもいくらか困った。金井が行けなくなってしまったのだ。仕事がはまってしまったらしい。

 金井もオレと同業でコンピューターのソフトウェア会社に勤めているのだが、担当していた銀行のオンライン・システムの本番稼働時にトラブルが発生したそうだ。そういうことを聞かされると他人事ではない。オレは金井に同情した。

 同情はしたものの、えっ、じゃあ藤田さんどうすんだ? と一瞬後には金井に詰め寄っていた。オレひとりで藤田さんに会えってか? よくよく考えてみれば、金井がかわいそうだ。よくよく考えたからそういうことが言えるんだが。

 金井は藤田さんには連絡しておくからといってくれた。藤田さんもおまえの顔くらいは覚えているから大丈夫だとまでいう。とりあえず向こうに着いたら連絡しろと、藤田さんの電話番号を教えられた。

 それは見たこともない配列の番号だった。

 こうして一抹の不安を残しながら、ニューヨークへ旅立つ日は、あっという間にやってきた。出発はクリスマス・イブの夕方だった。

 時は1989年、平成元年が暮れようとしていた     



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